秘めたる恋心
花弁に淡く色付く、切なさがじわり
(ルート1 奴良リクオ)全1ページ




やわらかなオレンジの粒が降り注ぐ、スーパーからの帰り道。
氷麗はふと立ち止まる。

「花……」

そこは花屋。
甘い香りが氷麗の鼻をくすぐる。

「こんにちは!」

「あら、氷麗ちゃん。いらっしゃい。だれかにプレゼント?」

「はい…。私の…私の大切なお方です。」



* * *



「…リクオ様!」

夕ご飯を食べ終え、廊下に出たリクオを後ろから呼び止める。

「氷麗…どうしたんだい?」

煌めく白銀の髪を軽やかになびかせ、振り向いたリクオは夜の姿である。

「あの…これ…」

氷麗は後ろに隠していた手をおずおずとリクオに差し出した。

「花…?」

「はい…。今朝、リクオ様から花束を頂いたのが嬉しくって…その、お返しと言ってはなんですが、ささやかながら氷麗からもお礼がしたいのです。」

「礼だなんて必要ねぇよ。お前には本当に世話になってるからな。」

「リクオ様…。」

「でもせっかくお前が俺にってくれるんだ。ありがたく受け取るぜ。」

リクオは氷麗から花束を受け取ると、そっと微笑んだ。
リクオの妖艶なその笑顔と、微かに触れた指先に、どきりとして、氷麗は頬を染める。
氷麗は触れた指先を片方の手でそっと押えるけれど、じんと熱を帯びて行く指先は、ただただ熱を持ってうずくだけだった。

「…この花の名前はなんて言うんだ?」

「あ…えと、…スターチスです。」

「これは…?この一輪だけの花…」

スターチスに隠れるように添えられたその花をリクオは指差し、氷麗に問う。

「そ…その花は……」

「氷麗…?」

「わ、忘れました!そ、それでは、失礼致しますっ!」

「あ、おい、氷麗?」

わたわたと走って行く氷麗を見て、夜のリクオは首をかしげた。

「なんだぁ、氷麗のやつ…」



「…リクオ様?こんなところで立ち止まっておられて…どうかしましたか?」

「毛倡妓…。」

「あら、その花束どうされたのですか?綺麗ですねぇ…。」

「あぁ…。」

ほんの少しだけ頬を染めて、穏やかに微笑みながら、花束を見つめるリクオを見て、毛倡妓は優しく目を細める。

「毛倡妓…これ…。この一輪の花の名前…知ってるか?」

「あぁ…これですか。たしかリナリアという花ですよ。」

「リナリア…?」

聞き慣れない言葉に、リクオは首をかしげながら、その花の名を呟いた。

「えぇ。花言葉は…"私の恋を知ってください"でしたね。」

「私の恋を…知ってください?」

スターチスに隠れる一輪のリナリア。このような花束を自分の主に贈る人物は一人しかいないだろうと、毛倡妓はひとりの少女を思い浮かべ、やわらかく微笑んだ。

「…はい。リクオ様も隅に置けないですね〜。スターチスに混ぜて一輪だけリナリアを入れたのだもの、きっとこの花の贈り主は花言葉を知っていたのでしょうね…。ふふっ…」

「な…」

「…さぁて!私はこれで。夜風が冷たいですから、リクオ様も冷えない内にお部屋にお戻り下さい。」

「ちょ…毛倡妓…」

毛倡妓が去って行くのを見て、リクオはこっそり溜め息を零した。
そして、甘い香りのする花束を見つめる。



『きっとこの花の贈り主は花言葉を知っていたのでしょうね…。』





『そ…その花は……わ、忘れました!そ、それでは、失礼致しますっ!』





「…馬鹿。」


誰に聞かせるわけでもなく、リクオはそっと言葉を漏らした。

夜空を見上げれば、空にちりばめられた小さな宝石たちが瞬き、流れる微かな雲の切れ間からは、丸い月が見え隠れしている。

「今夜は満月か…。」

金色の丸い月が、今リクオの頭を占めている人物の瞳にあんまりそっくりなものだから、月とその人物を重ね、思わず見とれてしまう。しばしの間、月を見上げ、ようやく我に返ったリクオは、なんとなく咳払いをして誤魔化した。



ー同時刻。



少し落ち着いた氷麗は、自分の部屋の襖をそっと開け、廊下に出た。ひんやりとした夜の空気が気持ちいい。ひとつ深呼吸をして、すぅっと夜空を見上げた。

ーリクオ様…。

…あなたは私の、……私たちの大切なお方。

『未来永劫私たちは、どんなリクオ様も受け入れ、生涯信じてついていくことを誓います。どうかいついかなるときも、ご自分の信じる道を正直に生きてください。』

その契りは、

『未来永劫守ります。』

その誓いは、

決して変わりません。

未来永劫、氷麗はあなたに付き従い、全力でお守り致します。

けれど…

それと同時に、あなたをお慕いしてしまう私をどうかお許し下さい。

あぁ…どうか…

リナリアに託した意味に気がつかないで。

『私の恋を知ってください』

この花言葉とは裏腹になってしまうけれど、この気持ちは、そっと…でも、たしかに私の心にしまっておきます。

呆れるくらいあなたに恋い焦がれるから…

月を見上げて氷麗は穏やかに、そして、少しだけ悲しく微笑んだ。



スターチス。
『永遠に変わらない心、誓い』
リナリア。
『私の恋を知ってください』




ルート1 奴良リクオ END.






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