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コンコンコン…

「失礼します、お嬢様。」


「……………。」

ノックの音にも気付かないくらい…
振り向きもせず、ただじっと窓の外を見つめているんだ。

1日目はさほど気にも留めなかった。
ただ、外に何かあるのかなとか、そんなことぐらいにしか思っていなかった。
だけど、2日目、3日目とそれは続き…

「お嬢様、失礼いたします。」

ほら、今日もまた…

お前は窓の外を見ているんだ。
また泣きそうな顔をして…


「お嬢様、今日は冷えます。紅茶をお持ちしましたから、こちらへどうぞ?」

「………。」

やっと振り向いたものの、ヒルダの口は閉ざされたまま。

どうして…

……!……

俺はこんなことで悩んでるような奴じゃないよな…。
俺は…

「言わないなら言わせてやるぜコノヤロー!」

「!!?なッ…!!?男鹿…っ」

「やっと…」

「な…に…?」

「やっとしゃべったな。」

「!……別にっ……ッ!!」

ヒルダは、はっとして手で口を抑えるが時すでに遅し。

「ヒルダ…お前」

ヒルダのそばに近寄り、俺もヒルダがずっと…1日目も2日目もずっと見つめていた窓の外に目を向ける。

「窓の外になんかあんのか…?あっUFO?」

「……そんなわけなかろう。」

観念したのか今度は幾分かすんなりとヒルダは口を開いた。


「じゃあ、なに…「逃げ出したいのだ。」

「!?」

「この呪縛から…。でも逃げられない。逃げてはならない。この窓から外を眺めていると、余計にそう思う。逃げだしたら美しい日の光も浴びて…あの丘の草原に寝転ぶ事も出来るだろうか。そうしてみたい。すべてを投げ出して…。だけどそれと同時に逃げられないという事にも改めて気付かされる。それに…私はお父様をひとりにはできない。」

「ヒルダ…」

「少し…話し過ぎたな。」

「なんで…俺に話したんだ?」

「………。」

ヒルダは目を少しだけ見開いて、また少し伏せてかすかに笑みを浮かべた。

「さぁ…?お前が何も考えてなさそうな馬鹿なドブ男だと思ったからかな。」

ふふっと笑って、少し冷めたティーカップに指をかけ、カップの小さな薄赤い水面を見つめるヒルダ。

お前が窓から見ていたのはただの景色だけじゃなかったんだな。
もっと遠く…

見た事のない世界を思い描いて…。


***


俺がこの家に来てから1週間がたった。

ヒルダは相変わらず窓の外を見つめている。
ただ変わった事と言えば、少しだけ口をきいてくれるようになったこと。



あの日の夜、

悪魔野家に代々仕えるというじいやから聞いた。

ヒルダはこの御屋敷から一歩も出た事がないということ。
すべての教育は優秀な家庭教師に任されている。
欲しいと思ったものも誰かに言えばすぐに手に入る。
だけど本当に欲しいもの…自由だけは手に入らないということ。

ヒルダには兄がいて…ヒルダが生まれる前に亡くなったらしい。
ちょうど家族でピクニックに出かけていた時だったそうだ。
その2年後に奥方様も病気で亡くなってしまった。
まだヒルダが1歳のときだった。
大事な息子と奥方様を失った悲しみは大きかっただろう。
それゆえ大事な愛娘を失いたくないという家主がヒルダを縛ってしまっているのだ。
屋内に居れば危険が及ばない…。
ヒルダににとってもそれがよかろうと…
大事な大事なヒルダを思って…。

「お嬢様、失礼いたします。」

「…………。」

また、窓の外を見つめている。
その緑の瞳に映した世界を手に入れたくて、恋焦がれてしょうがないだろうに。

「お嬢様…」

「…あぁ、男鹿か。」

儚い笑みを浮かべるヒルダは自身すら儚くて消えてしまいそうだ。

「男鹿?」

「……ってやる」

「どうし…「かっさらってやるっつってんだ!!」

「!!?」

「ごちゃごちゃ考えすぎんだよお前は!………俺が…お前をさらってやる。」

「さらう…?」

「ここから逃げ出すんだ。」



ぎゅっと確かにヒルダを抱きしめる。
消えないように力強く。




「お嬢様…逃避行でございます。お手をどうぞ…」

そして似非執事を気取り、にこりと微笑む。


YES?NO?

お前は自由になってもいいんだよ?



***


「…よかったのですか?旦那様。」

「あぁ…。」

いつもこの部屋に居た自慢の娘はもういない。
いるのは私とお付きのメイドだけ。

「もともとそのつもりで私が彼を執事にしたのだから…。」

彼ならきっと私の娘を連れ去ってくれると思った。
私の呪縛から解き放ってくれると…。
大事な大事な娘だからこそ連れ去らってほしい。
私はヒルダを縛りすぎた。
アイツが泣くのを我慢していた事に気付いてたのに…
私はアイツの自由を閉ざしたまま。
ヒルダに必要なのは自由だけではない。
ヒルダには泣きたいときに泣かせてくれる優しい奴が必要なのだ。

男鹿辰巳…
ヒルダを頼んだぞ。


ヒルダの涙を拭うのはお前の仕事だ…。



「それに…いい加減娘に好かれたいだろ?」

「旦那様…。ヒルダ様は旦那さまを愛しておりましたよ…。とても。」

「っ……」

「ヒルダ様は「言うな。」

「旦那様…。」

「言うなよ…。寂しくなるじゃないか…。」

「まったくあなたっていうお方は…最後まで素直じゃありませんね。」

「…………。」

「私がおります…。ずっとお側に…。」



***


「なぁ…」

「なんだヒルダ?」

「なんだか怖くなる。こんなことしてもいいのかって…。だけど…自由ってこんなにも幸せなことなのだな!」

「!」

にっこり笑うヒルダは輝いていて、不覚にも可愛いだなんて…柄にもない事を思ってしまった。

「男鹿?」

「怖くなったらいつでも言え。いつでも抱きしめてやる。…幸せ?ばぁか。これからもっと教えてやるよ。……返事は?」




「はいっ……!!」


辛い時も楽しい時もいつでも側に居るから。

だから、

「…ヒルダ、もう泣いてもいいんだぜ。」


泣き場所はここにある。



ぽろり…

ヒルダの頬に透明な滴が零れ落ちた。




fin.



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