愛しさに変わる予感



― 氷麗side ―




「待って〜〜!」

「なっ!」

下駄の音が遠ざかっていかないよう、氷麗は少しだけ恥ずかしいのを抑え、手を振りながら大きな声で叫んだ。

そのかいもあってか、竜二が立ち止まって振り向いた。

それを見て、氷麗はさらに走るスピードを上げた。

「……あんまり急ぐと転ぶぞ……って…」

「あっ!?」

こつん、足が石にあたったが、急ぎすぎたため止まれず、前のめりになってしまう。

「言ってるそばからお前は…!…チッ…」

「はわわわ!!?」

間一髪。
氷麗が地面に倒れることはなかった。竜二の腕にしっかりと抱きとめられていたのである。先ほども感じた温かい体温に包まれて、氷麗はどきりとして言葉を失ってしまった。

それから、そっと離れていく腕に高鳴っていた鼓動が幾分か落ち着き、ほっとした。

「ありがとう。」

でも、自分が思うより声は小さくなってしまった。

だって…
あんまり必死な顔で助けにくるんだもん…。
今だって…ほら…
なんでそんなに安心した顔するのよ…。


「…どうしたんだよ?」

「あ…あの、あのね…これ……」

竜二に促されて、自身の首に巻かれているマフラーをそっと指差す。
でもそれだけで、うまく話せない。

「あぁ…。」

なんだそれかと、何等変わりない様子の竜二を見て、安堵するのと同時に氷麗の中で恥ずかしい気持ちがさらに膨らんでいった。

「………ありがとう。」

やっと声を絞り出したけれど、先ほど然り。やはりか細い声になってしまった。

「別に……。」

ふい、と竜二はそっぽを向いた。なんだろう?と氷麗は少しだけ首をかしげた。そして、もしかしたら自分の声が小さくて、本当にそう思っているのか、ちゃんと感謝の気持ちが伝わらなかったのでは…と焦りを覚えた。

あぁ…この気持ちがうまく伝わればいいのに…

「あのっ…!助けてくれて本当にありがとうっ!!」

ちらり、竜二がこちらを見て、目を見開いた。しかし、それも束の間。ごほんと咳払いをした竜二は氷麗に背を向けた。


「………ばぁか。そんなんじゃねぇよ。」

「?」

「別にお前のためとかじゃねぇから。」

たとえば。

そんなこと言わなくてもいいでしょ!とか、幾らか冷たい言葉に抗議の意を示そうかと思った…

けれど…

「!」

真っ赤だ…。
黒髪の間から覗く耳が赤く染まっているのが見えて、何も言えなくなってしまう。

「ゆら、帰るぞ。」

「あ。待ってや!…ったく。ほなな、雪女!…………がんばりや!」

「……?」

ゆらの最後の言葉の意は分からなかったが、振り返らずに、足早く歩みを進める竜二を見ればそんな疑問はやんわり消されてしまった。

もしかして…照れ隠し……?

そうと分かると、自然に頬が緩んでしまう。

なんだ、可愛いとこあるじゃない。

「ふふっ…」



「…氷麗!」

「あれ…リクオ様?どうされたのですか?もしかして迎えに…」

「いいから!ほら、帰るよ!」

そっと差し出された手を握ると温かい体温。

先ほどのことを思い出して、恥ずかしい気持ちになるものの、赤くなっていた竜二も思い出し、くすりと笑ってしまう。

「♪」

「氷麗?なんかいいことあった?」

「"別に"…ふふっ…なんでもないですよ♪」

隣りで複雑そうに顔をしかめるリクオを知る由もなく、今日のご飯は何にしようかしら〜なんて鼻歌を歌いながら、楽しそうに氷麗は帰路を進んだ。

まだ氷麗はこの感情が何なのか分かっていない、否、分かってほしくないと、リクオはそっと氷麗の手を握る手に力を込めた。

すると優しく握り返される手に嬉しく思い、まだ氷麗は自分のものだ、と今ここにはいない男に牽制してみせた。


愛しさに変わる予感




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