愛しさに気付くまで



― 竜二side ―




「待って〜〜!」

「なっ!」

その声に竜二は反射的に立ち止まり、振り返ると、雪女が手をこれでもかというくらい振りながらこちらに駆けてくるのが見えて、ぴくり、また指が跳ねる。それが自分でも分かり、なんとなくバツが悪くて拳を握って誤魔化した。

「……あんまり急ぐと転ぶぞ……って…」

「あっ!?」

「言ってるそばからお前は…!…チッ…」

「はわわわ!!?」

間一髪。
雪女を抱き留めれば、ひんやり…先ほど腕にあった冷たい体温を感じて、なぜだろう、どきりとしてそっと手を離した。

少し不自然に離れた手に竜二自身は焦りを覚えたが、雪女は「ありがとう。」そう一言零し、すぐに向き直っている事から、どうやら気に留めていないらしい。竜二はようやくほっと一息ついた。

「…どうしたんだよ?」

「あ…あの、あのね…これ……」

雪女がそっと指差したのは、自身の首に巻かれているトレードマークの白いマフラーだった。

それが何を意図するのか、言葉を聞かずとも分かる。なれない事をしたせいか、自分の性分にはいささか不似合いな気がして、なんとなく気恥ずかしいのを「あぁ…。」と一言誤魔化した。

「………ありがとう。」

雪女があんまり恥ずかしそうに言うものだから、余計に恥ずかしくなった。

「別に……。」

ふい、とそっぽを向くと雪女は首をかしげたようだった。

「あのっ…!助けてくれて本当にありがとうっ!!」

ちらり、雪女に目をやれば、彼女から今まで向けられたことのない穏やかな微笑みが見えて、その表情に目を見開いてしまう。とくん、少しだけ心音が高鳴った。それと共に、顔が熱を帯びて行く。それを悟られたくなくて、ごほんと咳払いで誤魔化し、雪女に背を向けた。


「………ばぁか。そんなんじゃねぇよ。」

「?」

「別にお前のためとかじゃねぇから。」

「!」

「ゆら、帰るぞ。」

「あ。待ってや!…ったく。ほなな、雪女!…………がんばりや!」

「……?」


振り返らずに、足早く歩みを進める。今日はどうにも調子が狂うのだ。

それにしても…

なんだか熱っぽい上に、鼓動が早い気がする。

俺とした事が…

風邪でも引いたか…?

少しの間、悶々と考えていたものの、らしくねぇと、頭をガシガシ掻いて、さらに歩みを早める。

やめたやめた…。
家に帰ってさっさと寝るとするか。今日は疲れたしな。


「………っ…」



でも………






律儀な妖怪だなぁ、なんて受け流すはずだったのに…

なんで…

アイツの笑顔が離れねぇ…



「…これはこれで難儀やな…。」

「ゆら?何か言ったか?」

「!……なんでもないで!」


雪女のためではない、先ほどの真偽は定かではないが、



…竜二は根っからの嘘つきである。

そして、

竜二本人が雪女のためだけでなく、そうすることが自分のためでもあったと、自分の発した言葉の真偽を知るのはいささか後の話になりそうだ、と、おでこに手をあて、自身の熱を測る兄を見て妹ゆらは溜め息を零すのだった。


愛しさに気付くまで



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