八
***
ヒーロー絶不調。「……ちゃん…竜二兄ちゃん!!」
「ん……五月蠅いぞゆら…?今日は休みだ…」
「五月蠅いやない!!何やっとんねん!!」
「んー……?」
耳をつんざくようなゆらの喚き声が聞こえて、むっと眉間に皺を寄せながら起き上がろうとする。
「…一体何だって言うんだ………………よ。」
自分の腕の在処を見て固まる。
いや…正確には腕の中にいるものを見てだ。
腕の中にはすやすやと寝息を立てている雪女がいて、俺の腕にしっかりと抱かれている。
物語の始まりの奴良組本家の一室でふたり抱き合う形で倒れていたのだ。
「………これは、だな………」
いつもなら言葉がすんなり出てくるはずだが、今ばかりはなぜか何も思い付かなくて、
「昼寝……してた。」
「なんで抱き合って寝とるん!?まさかっ……!もがっ…!?」
「…ゆらァ?ヤキモチかぁ?」
しゃがみ込んでいるゆらの両頬を俺は寝ながら片手でむぎゅと掴み、不敵な笑みを浮かべる。
こうなれば後は俺のターンだ。
「んなわけないやろーっ!?阿呆!変態!!」
「つらら…?」
「あ、奴良くん…!」
チッ……
嫌なタイミングで入ってくるもんだぜ…。
めんどくせぇ……
「つらら!!」
「ハッ…!……リクオ様…?」
「一体いつまでそうしてるつもりなの?」
にっこりと笑う奴は昼の姿にもかかわらず、黒いオーラを放っていた。
こいつ…
無意識に畏を…
「はわっ!?おおお陰陽師!?私は一体…!!?」
あわあわと腕の中で騒ぐ雪女。
顔を真っ赤にして慌てふためき、しまいには湯気まで出る始末だ。
「お、おいっ…!」
「雪女が蒸発しとる!!」
「つららっ!しっかり!!」
***
あの絵本は消えてしまった。
部屋に妖気は全く残っていない。
一体なんだったのだろう…?
「竜二兄ちゃんが雪女を助けた…ねぇ…。」
帰路、俺の横でにまにまと笑う妹。
少々いらっとするが今は抑えよう。
家に帰ったらお仕置だな…。
倒れた雪女を布団に寝かせ、事の次第をゆらと奴良リクオに話したのだが…
(王子やら姫やらキスは伏せたが)
この始末だ……。
「一体何を間違ってこんな娘になったんだ?」
「兄ちゃんに言われたない。」
「ゆら!お兄ちゃんに口答えしてはいけません!」
「…兄ちゃん。」
「なんだ?」
「雪女のこと好きなんか?」
「………俺が妖怪に惚れるわけないだろう?」
「ふぅん…。……珍しいやないの、妖怪助けるやなんて。雪女に興味持っとる証拠や。」
「くどいぞ、ゆら。」
「あ、噂をすれば雪女や。」
ぴくり…
その単語に反応して一瞬指先が跳ねる。
「……ゆら、お前はいつからそんな娘になったんだ?嘘はついちゃいけないとあれほど…」
「待って〜〜!!!」
「……!」
「な、ほんまやったやろ?私は兄ちゃんと違って嘘つきやないからな。」
にやりと笑うゆら。
よし、お仕置は3倍だ。