弐
「ん?ここは…」
とりあえずつねってみました。辺りを見回せば、天井には眩いくらいのシャンデリア。壁には美しい絵画が掛けられていて…ベッドが一つしか置いてないことからここは一人部屋なのだろうが、そのベッドも大き過ぎるものだったし、一人で使うにはとても広い一室だった。まるで西洋の城の中にいるかのようだ。どうしてこんなことになったのだろうと、この異様な光景に軽く目眩がした。だけど…
はっとして自分の身につけているものを見れば、いつもの白い着物ではなく、絹のように肌触りの良い、淡い桜色の可愛らしい生地に華やかなレースやフリルをあしらったドレスを身に纏っていた。私とて1人の女だもの、きらびやかなドレスに目を輝かせずにはいられなかった。
くるりくるりと優雅に回ってみる。
本当のお姫様になれたような気がした…
「おい、ゆきんこ」
はずだった。
一瞬にして先程までの夢いっぱいの空間は崩れ去った。
部屋の扉の側に私の天敵が立っていたのだ。
「なんでアンタがこんなとこにいるのよ!?」
「なっ…!!おいゆきんこ!実の父に向って”アンタ”はねぇだろ!!?」
「実の父!?いったいいつアンタが私の父親になったっていうのよ!?」
「こら!ゆきんこ!」
「なによ!!」
「お父様って言え!!」
「いやよ!!」
「言え!!」
「いや!ぜ〜〜ったいにイヤッ!!」
「あっ!こら待てゆきんこ!!」
これじゃあ埒が明かないわ!
自分を父親だと言い張る牛頭丸を背に全力で城の中を走った。
まったくどうなっているのかしら…!?
牛頭丸は私の父親だと言い張るし…。
あれは聞き分けのない娘に言い聞かせるような…本当の父親の仕草だった。
その眼差しからでさえ、どこか愛情があるように感じた。
普段の牛頭丸からは考えられない…。
きっと別人に違いないわ!
バタン…!
大きい扉を開き、中に入ると、走ったせいで乱れた呼吸を整える。
「うん?」
「なっ!!?」
大きな鏡の前に置かれている、背もたれの長い金色の椅子からちらりとのぞく見知った顔。
「陰陽師娘!!」
「……?…なに言うてはるの?………しらゆき?」
私は言葉を失った。
ぱくぱくと呼吸が苦しくなった金魚の様に、声にならない声を発し、わなわなとふるえる指で、椅子から立ち、目の前に立っている真っ赤なドレスを着た陰陽師娘を指差す。
「しら…ゆ…き…?」
やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど、力乏しかった。
「なんや、今日のアンタはおかしいなぁ。”しらゆき”はアンタの名前やろ?」
どうやら夢を見ているらしい。
ぐにっ
ほっぺをつねったら痛かった。
「なにやっとるん?」
「夢…じゃない…の?」
「は?…ほんま今日は様子が変やで。疲れてるのかもしれへんさかい、外に出て気分転換でもしてきたらどうや?」
「………。」
おかしい。
やっぱりおかしい。
陰陽師娘が私を気遣うだなんて。
やっぱり私…
物語の中に入り込んでしまったんだわ!!