お前はツボかもしれない
「きゃああっ!?」
甲高い声が寒空に響いた。
お前はツボかもしれない
「なんだぁ?今の…」
陰陽師としてまことに不本意に思いながらも、竜二は妖気がばんばん漂っている奴良邸の庭を歩いていた。
するとどこからか悲鳴が聞こえたので、そちらへと向かったのだが…
「何してやがる…お前。」
あからさますぎる落とし穴(なぜここにあるのかは不明だが)に妖怪が落ちているではないか。
「たっ、助けてぇ〜〜」
「雪女、何してんだ?」
なんかの遊びか?、と付け足してにやりと笑えば、雪女は瞳に涙を溜めながら、キッと睨み上げてきた。
「こっ、これが遊びに見えるの!?」
穴は結構深いようで、雪女の小さな背丈では這上がるのは難しいだろう。
一体誰がこんな単純で悪質なことをするのだろう。
「なんだ?助けて欲しいんじゃなかったのか?いいのかそんな強気で。」
「いっ…いいです!あんたなんかお断りよ!じきに誰か通るわ…!」
といっても…
通る気配はないのだが。
「………たぶん。」
「………。」
「………。」
「………。」
「…………助けてください。」
じっと見つめれば、雪女は観念したように口を開いた。俯いていて表情は分からないが、たぶん泣きそうな、困った顔をしているだろう。
…いや、絶対だな。
さっきも泣きそうだったしな。
ひょっとしたら泣いているか…?
「ほら、」
「…?」
「助けてやるから、手ぇ出せ。」
「…!……はっ…はい。」
おずおずと遠慮がちに伸ばされた手を掴み引き上げる。
「ぁ……」
「ったく…世話の焼ける妖怪め。」
とんっ……
引き上げたせいで、俺が雪女を抱き留める形で、体が軽く密着している。
雪女の手をまだ握ったまま。
ひんやりとした体温。そして、涼やかな香が鼻を掠めた。
穴から出ることができた雪女は俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「ぁ…、あのっ……」
「やっぱりな…。」
「………え、」
「やっぱり泣いてやがったか…。」
「う……。」
恥ずかしいのだろう、ばつが悪そうに雪女はまた俯いた。
「ったく……」
俯いた雪女の目元を指で軽く拭えば、氷の粒がぽろりと零れ落ちた。
「泣くんじゃねぇよ。それでも側近頭かぁ?」
意地悪く、片目を伏せて笑えば、いきおい雪女はばっと顔を上げた。
その羞恥に歪んだ顔に、俺の中の感情は膨らみ、ふっ、と思わず笑みが零れる。
「なっ…泣かないわよっ…泣いてないわよ〜〜っ……」
雪女は俺の手をさっと振りほどくと、泣きながら屋敷へ駆けていった。
「………。」
俺は少し呆気にとられていたが、すぐにまた口元を緩める。
「ふっ…。…からかいがいのある奴。」
「はぅわっ!!?」
少し先の方からまぬけな叫び声が聞こえた。
どうやら今度は転んだらしい。
コイツを見るのは…
呆れるくらい飽きねぇな。
「おもしれぇ…。」
雪女。
お前はツボかもしれない。
(竜二さんは笑い出すのを必死で堪えてます)