それは後の祭り
「だー」
「ぼっちゃま、これが良いのですね?…ほれ、買ってさしあげろ。」
「……わぁったよ。」
今日は縁日。
男鹿・ヒルダ・ベル坊の魔王親子もそれに来ていた。
***
「あら、今日は縁日じゃない。」
「そうね〜!あっ、ちょっと辰巳〜。アンタ、ヒルダちゃんとベルちゃん連れてってやんなさいよ。」
「はぁ?なんで俺が。」
「あら、いい考えね〜。あ、それなら浴衣がいいわね。」
「いやいや、だからね?俺は行くなんて一言も…。」
「ヒルダちゃんにも浴衣着てもらいましょうね〜♪うふっ、母さん娘が増えて嬉しいわぁ〜。」
…ことのなりゆきは、母の一言から始まり、男鹿の意見を無視した、【母と姉の母と姉によるヒルダとベル坊のための縁日デート】が決定した。
家でゲーム(ラスボスを倒す)しようと考えていた男鹿としては、あまり乗り気ではなかったが、『ヒルダちゃんにも浴衣を〜』に後押しされて、今に至る。
ちなみにこれも母と姉の策略の内なのだが、男鹿が気付くわけもなく。
ヒルダはいつものイメージとは違った、淡いピンクの生地に、薄紫の藤が描かれた浴衣に袖を通している。
そのせいか、いつもの凛とした美しさと打って変わって、今日のヒルダはとても可愛らしく見える。
………可愛い。
なんて、俺が言うのは柄じゃねぇか。
「ほれ。」
男鹿の手には2本のわたあめが握られている。
「………?」
「お前の分だよ。初めてなんだろ、縁日。」
「…!……………あぁ…。」
ヒルダは一瞬驚きで目を瞬かせると、やがて目を細め、ほんの少し頬を赤く染めて、男鹿の手からわたあめを受け取る。
「む……」
「どうした?」
「………鼻緒が切れてしまったらしい。………仕方ない。」
ヒルダは下駄を脱ぐと、少しためらいながらも裸足になった。
「何してんだよお前……。ほら、」
男鹿は少し屈むとヒルダに背を向けた。
「?」
「乗れって言ってんの。早くしろよ。」
「う、うむ……。」
そっと乗れば、背中から男鹿の温かい体温を感じる。それがなんだか落ち着いて、ヒルダは腕を男鹿の首に回すと、彼の肩口に顔をうずめた。
「…………。」
「…………。」
「だーぶっ!」
目を輝かせながらわたあめを頬張るベル坊をよそに、義父と義母である男鹿とヒルダはというと………。
「(なんだこれ…。心臓がうるせぇんだけど。)」
「(む…。なせだ?心拍数が上がっている。これは病気か!?)」
「「(心臓破裂しそう!!)」」
空には大輪の花。
暗がりに淡く儚い光が、ふたりの赤い頬を照らした。
***
「お帰り〜!楽しかった?」
「は、はい。とても楽しかったです。お心遣いありがとうございました。」
「だぁっ」
「それはよかったわ!あら…?……ふふっ、ベルちゃん、こっちにいらっしゃい。」
「だ?」
美咲は男鹿の腕からベル坊を受け取ると、すたすたとリビングへ行ってしまった。
「あっ、おいっ姉貴っ…!ったくなんなんだよ。」
「おい。」
「なんだよ?」
「その、わたあめとやら…美味だった。……ありがとう。」
恥ずかしさのあまり、少し目を逸らしながらヒルダが頬を染めて言う。
「………どういたしまして。…………中入るか。」
「…あ、あぁ。」
「………っと、ヒルダ。」
「?」
「その浴衣すげー似合ってる。」
男鹿はヒルダを背に、頬を赤くしながら、なかなか素直に言えなかった言葉を口にした。
そして、自室へと向かった。
残されたヒルダは、更に赤くなった頬に手を当て、ただ呆然とその場に立ちつくすことしかできなかった。
さて、自室に向かった男鹿は…?
「………っ………だぁあーっ……」
ヒルダ同様、温度の上がった頬とのぼせた頭を抱えて、ベッドへとダイブした。
「……たまには素直になるのは悪くねぇかもな。」
あんなヒルダも見れたし…。
だけど、
明日どんな顔で見ていいか…
「わかんねぇっ…!」
「わからんっ…!」
あぁ、それはもう後の祭り。
**おまけ**
「だぁっ?」
「だめよ〜ベルちゃん。今パパとママいい雰囲気だからね〜。………まったく2人ともうぶなんだから。あんなに赤くなっちゃって……。」
********************
キャロル様!
リクエストありがとうございました(^^ゞ
しおりを挿む
#novel数字_back#