透明水彩 | ナノ
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 プロローグ

 数多の都市伝説の一つに、こんな話があるのを聞いたことはあるだろうか。

 ただ一度も敗北は無く、空前絶後のスコアを刻み、あらゆるゲームの頂点に君臨する正体不明のプレイヤー。アカウント名が常に空欄故に、通称……空白。

 勝つことは不可能とまで言われる、ゲーマーの話を。

 そして、そんな記録上は無敗の『  』を相手に敗北も引き分けすらも許さず、勝利し続けた、しかしある日忽然と姿を消した人間の話を。



 ネットのアカウント名は『透明』。
 かつて空白の姉として在り、彼らの中心にいた、今は忘れられし少女の話。



「……」

 長大な塔の上、足をぶらつかせながら、まだ一文字も書かれていない白紙の書とペンを持った少年は、ふと顔を上げた。
 人間には捉えきれないだろう地平線の彼方より遠くに位置する物を見て、そこにいるだろう“何か”を想う。
 その“何か”は恐らく、この世で最も特殊で、特別な少女。寿命と言う概念を持たない自分が“かつて”と表するくらいには昔に、そう、真実“忽然”と現れた、自身にも『  』にも負けない、正しく最強――絶対無敗の人間(プレイヤー)のことを。

「彼女が僕のところに来てくれたらいいのになぁ……」

 心底残念そうに、そう呟いた少年は、宙に漂うチェスの駒の一つを、拗ねたように指で弾いた。

 分かりきった彼女の返答はきっと、相も変わらず笑顔でばっさり「面倒臭い!」であるのだろう。
 第一、未だ深い眠りについている彼女にはその返答すらも望めない。


 ……それは、まぁいいとしよう。代わりの目星はついているから。


「うん。そうと決まれば、さっそく迎えに行って上げなきゃねっ」

 混沌で理不尽で不条理で、意味など無いその世界を―― つまらない現実を少しだけ、面白くする手伝いを。

 即ち――新しい『都市伝説』を提供するとしよう。


 ――その行為に差し当たり、様式美として、こう書き出すとしよう。
 ――『こんな噂を聞いたことがあるだろうか――』と。


 かくして、二人で一人、『  』と名乗る兄妹が地球(世界)から消えた。

 そしてテト……かつて遊戯の神と呼ばれたその少年よって創られた【盤上の世界(ディスボード)】にて新たなる神話が幕を開ける。





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