もうすぐ夏がくる。気温の変化とともに、わたしにも変化がおとずれていた。
「さすがにつらいなあ」
ピピピッという電子音に、体温計をとりだして見ると、少し熱があった。
頭がぐわんぐわん揺れていて、目が回っている。喉が痛い。起き上がれる気分じゃない。
これはもう完全に風邪だ。
「わたし馬鹿じゃなかったんだ」
ほら、馬鹿は風邪引かないっていうじゃん。
風邪引いたことに気づけるわたしはやっぱり馬鹿じゃなかったんだ。
「もうだめだ」
今日は大学を休もう。バイトはもともとないし、しばらくゆっくり休める。
スマホを手にとってなんとなくメールを開き、目に入った「天」という相手にメールを送る。熱で浮かれた頭が勝手にしたことだ。
『死ぬ』
確かそんなことを書いた気がする。
目が覚めたとき、部屋に鳴り響くインターホンの音で頭痛がさらに悪化した。
「うるさい……」
ピンポンピンポンピンポン……って音が地味に脳に響く。おまけにドアノブをガチャガチャする音まで耳に入ってきた。だれだよ、うちの扉を壊そうとしてるのは。
ゆっくり起き上がって玄関まで行く。扉の穴から外をのぞくと、色素の薄い髪が目に入った。帽子に眼鏡にマスクって、こういうときに見ると不審者にしか見えないな。借金の取り立てにでもきたのかな。
「近所迷惑だよ」
これ以上ガチャガチャピンポンされても困るのでドアを開けると、天がすごい勢いで飛び込んできた。
「名前」
「うわっ」
その勢いのまま抱きしめられる。天の背後でドアがぴしゃりと閉まった。
「……どうした、天さん。甘えたくなったの」
ぎゅっと抱きしめられて、どうしていいかわからない。
熱があってよかった。男の子に抱きしめられるの初めてかもしれないよ。
「生きてて、よかった」
いや、いま死にそうなんだけど。
「もうあんなことしないで」
天の声が少しかすれている。
あんなことって、なんだっけ。ああ、メールのこと?
「天さんって冗談通じる人だよね」
「ばか」
さらに腕の力を強められて、物理的に死ぬかと思った。
でも確かに、冗談にしてはひどかったな。
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