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「あ? テメ〜どっかで見たことあると思ったら」
「ごめんなさい」


とりあえず謝るべきだ、と思って相手の話も聞かずに口を開く。
手が震えだしたので、そろそろ限界だ。
事が大きくなる前に逃げないと。


「わんこ」


どこからか声が降ってくる。
逃げ出そうと後ずさった足が止まる。
背中に何かが当たったからだ。


「吸血鬼ヤロ〜!? なんで追いかけてくんだよ!」
「そう吠えるな。ちと話し忘れたことがあってのう」


肩に手を置かれる。魔法がかかったみたいにわたしはそこから動けなくなった。
これはもう空気になりきるしか道はなさそうだ。そういうのは得意だし。


「ハッ! さっさと済ませろよ! 俺様にだって予定があんだからな」
「わかっておる。先に部室に戻っておいてくれんか?我輩もすぐに行くからの」


目の前の男の子がなにやら文句をいいながら去っていくのをしばらく見送って、ハッと我に返る。

肩に置かれた手が異様に重い。そこにばかり意識を集中させているせいかもしれないけど、なんだろうこの感じ。振り返りたくない。


「おっと、すまんのう、嬢ちゃん。わんこが吠えたせいで吃驚させてしまったようじゃな」


そっと手が離れていったので、やっと動けるようになった。体の震えは止まらないけど。

ゆっくり振り返りつつ背後の人と距離をとる。
一定の距離感を保っていないと、周りに飲み込まれてしまう。
昔からわたしはそうやって生きてきた。


「あなたは」


彼の顔を見て、何かが引っ掛かった。
初めて見たはずなのに、見覚えがある……なんて、おかしな話だ。

でもなんだろう、だれかと似ている?


「凛月がいつも世話になっておるようじゃのう。あの子が最近楽しそうなのは嬢ちゃんのおかげか」
「凛月……」


なぜ彼の口から凛月の名前が出てくるのか不思議だ。
仲が良いのかな。


「あの、ありがとうございました。し、失礼します」
「んむ。また会おうぞ、名前」


一応ぺこっとお辞儀をしてその場から去る。

あれ、わたし、彼に名乗ったっけ。
不思議なことばかりだった。