朝、目が覚めると名前がベッドに腰かけて何かを見つめていた。その後ろ姿からあまりにも切なさがあふれ出ていたので、一気に眠気が飛ぶ。
「どうしたの?」
「パンツ」
名前の手には白い布切れが握りしめられている。パンツというか、遠目に見ても近くで見てもそれはただの布切れだった。なぜかって、
「あ〜……」
昨夜俺が脱がしたときに破いちゃったんだっけ。
名前も夢中だったから気づいてなかったんだろうけど。
「お気に入りだったのに」
ぽつり、と呟いた名前の言葉がぐさっと俺の胸に刺さる。
相変わらず無表情なせいで名前の感情は読めないけど、きっとすごく落ち込んでる。名前にも下着の好みとかあったんだ。甘いものが好きなことは知ってたけど、一応着るものにもこだわりがあったんだね〜。
「ごめんね。また新しいの買いに行こ?」
お気に入りの玩具を壊されてへこんでいる子どもみたいな名前に声をかけると、名前はむくっとベッドから立ち上がった。
「行く」
え、今から行くの?
*
大人しいわりに行動力がある名前の勢いに流されて、買い物にでかけた。
もう何回もつれてこられたから慣れたけど、最初の頃はこういうランジェリーショップに付き添うの、さすがの俺にも抵抗があった。ほら、こう見えても俺も男なので、名前の下着姿とか想像したら興奮するし。
「凛月、何色がいい?」
珍しく名前から詰め寄ってきた。え、俺が決めるの?
まあ見るのは俺だし脱がすのも俺なんだけど。名前のお気に入りの代替を探しに来たんだから、自分の好みで選んだ方がいいと思うけど。
「うん、やっぱり白かなぁ」
でもしっかり俺の好みは伝えておく。昨日破ったのも白だったし。赤もいいけど、名前はそういうの恥ずかしくてあんまり着てくれないでしょ?
白、というリクエストに、名前がきょろきょろと周りを見渡す。破いたのはパンツだけど、今日は上下セットで買いなおす予定みたい。悩んでいるのか固まっているのか、動かない名前を見守りながら、お店に入ったときからなんとなく気になっていたソレに視線を移す。
「これとか、天使みたいでかわいいんじゃない?」
純白にレースがあしらわれていて、シンプルだけどふわふわしてるところが名前にぴったりだと思った。それにこのブラ、フロントホックでしょ。ちょっと興味ある。
名前は俺が選んだセットを手にとって、じーっと穴が開くほど見つめている。たぶん名前の中ではあれやこれやと思考が回転してるんだろうけど、口にだしてくれないので何を考えているのか俺にはわかんない。「かわいい」とか「白すぎる」とか「好みじゃない」とか、なにかコメントがあったら教えてほしい。
「これにする」
たっぷり時間をかけて検討したあと、名前が
決めた理由は教えてくれなかったけど、気に入ったならいいか。
「俺が買ってあげる」
そもそも俺が破いたせいで新しいのを買うことになったんだし、当然のことだよねぇ。
「自分で買う」
しかし名前は俺を避けて、トトト、っと小走りでレジに直行していった。
店員さんに何か話しかけられて、こくんっと頷く名前を遠くから見つめる。きゃあきゃあ盛り上がる店員さんに対して、名前は縄張りを死守するミーアキャットみたいに背筋を伸ばして静かに立ち尽くしていた。かわいい。
*
「なに話してたの?」
会計を済ませた名前に問いかける。
「彼氏ですか、って聞かれた」
俺のこと?
それで頷いてたの?なにそれ、かわいい。
俺のことちゃんと彼氏だと思ってくれてるんだ。
「ふふ……♪クレープ買って帰ろっか」
「うん」
下着を買ってあげることはできなかったので、なにか一つぐらいしてあげたいと思って提案すると、名前は瞳をキラキラさせて頷いた。たまに見せる嬉しそうな顔。ほらね、やっぱり俺の彼女はかわいい。
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