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凛月と名前のやりとりを見ていた司は不思議でならなかった。二人が兄妹だということは既に知っていたが、兄妹とはこういう関係なのだろうか。気になると問わずにはいられない性格なので、司は近くにいた嵐に視線を移す。

「凛月先輩の妹さん、ですよね。顔はよく似ていらっしゃいますけど、兄妹だとは思えない距離感なのですが?」

現に、凛月と名前の間には2メートルほどの空間があって、そこには目に見えない川が流れているようだった。凛月も名前もお互いに近づこうとはしない。
嵐は「困った」という風に眉尻を下げて、頬に手を当てる。

「凛月ちゃんったらあんなにかわいい妹がいるのにちっとも優しくないのよ。年の離れた妹って聞いてるけど、まだ幼稚園児なのに可哀想よねェ」

幼稚園児にしてはしっかりしている。物分かりがいいというか。我儘など言わず凛月の邪魔にならないように徹している姿を見ると、哀れになるくらい。
しかし、今日は平日だ。彼女が幼稚園児ならば、この場所にいるのはおかしい。

「ですが、なぜ彼女がここに?以前から思っていましたが、触れてはいけないことなのかと思いまして。何か事情があるのでしょうか」

名前は夏の終わり頃から凛月とともに夢ノ咲学院に通っている。もちろん生徒としてではなく、あくまで託児のようなもので、名前は凛月のあとを追って移動するだけで授業を受けているわけでも特別教室があるわけでもない。

「諸事情で幼稚園はお休みしてるらしいのよ?詳しいことはアタシも知らないわァ。凛月ちゃんったら何も話してくれなくて。自分の妹のことなのにねェ。学院側には話が通してあるらしいけど」

そのまま二人して名前に視線を移す。
名前は鼻血が完全に止まるまでその場でじっとしているつもりのようだ。小さな膝を両手で抱えて、凛月のことを見つめている。彼女が本当は兄のそばにいたいことくらい、周りのだれもが気づいていた。


*


「ちょっとこっちに来な」

見かねた泉が名前に声をかけると、彼女は視線を上げただけで腰までは上げなかった。どうやら兄の言うことにしか従うつもりはないらしい。
彼女の態度に泉は一つため息を吐いて、渋々といった様子で名前に近づく。

「ティッシュなんかじゃ止まらないから。このほうが早く止まる」
「ふぐ……」

問答無用で名前の鼻をつまむと、名前は勢いに押されて息を止めた。
相当強く打ったのか、名前の鼻血はまだ止まる気配がない。

「くるしい」

しばらく大人しくしていた名前が、小さく呟く。鼻は泉につままれている。

「馬鹿なのぉ?口で息して、ほら」

泉に背中をさすられて、名前は漸く口呼吸を思い出した。突然のことに驚いて、口があることすら忘れていた。

そばで名前と泉のやりとりを見ていた嵐が感心したように頬に手を当てる。

「泉ちゃんったら、面倒見がいいのねェ」
「血で衣装を汚されたら困るでしょ。こいつの兄もあの状態だし?ほんとに迷惑だよねぇ」

二人で名前の兄に視線を移す。凛月は寝転んだまま起きる様子はない。
面倒な兄妹に巻き込まれてしまったと、泉は再度ため息を吐いた。