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それは休み時間のことだった。
職員室で用事を済ませた後、何気なく校舎の外を歩いていたら、黒い影が視界の中で動いた。影の正体を目で追うと、黒猫が木陰の下を歩いている。

「りっちゃん」

思わず声をかけると黒猫が立ち止まった。こっちをじっと見ている。反応したということはこの前のりっちゃんで間違いない。

「やっぱりこの学校に住んでるの……?」

逃げないようにそっと近づいて腰を下ろす。りっちゃんは小さく、にゃー、と鳴いてわたしのもとに駆け寄ってきた。
前回は気づかなかったけど、首輪もつけてないし、野良猫なのかもしれない。最近よく校内で猫や犬を見かける。

「この前は大丈夫だった?急にいなくなるから、心配したの」

頭を撫でてあげると、りっちゃんは気持ちがいいのか両目を瞑った。毛並みがさらさらしていて気持ちいい。野良猫にしては綺麗に手入れしている。

「りっちゃんはどこでご飯を調達してるの」

飼い主がいないとエサにありつけているのか心配。体も細いし、ちょっと元気がないようにも見える。体力もなさそうだし。

にゃー

「っわ」

気の抜けそうな鳴き声と一緒に、りっちゃんがわたしの手を払いのけた。そのまま、自由になったわたしの人差し指をもぐもぐ甘噛みし始める。わたしは慌てて手を引っ込めた。
……こいつ、お腹をすかせてる。

「人間は食べちゃだめ」

言い聞かせようと思ってりっちゃんを抱き上げると、りっちゃんは大人しくわたしを見つめた。この赤い瞳、やっぱりだれかさんに似てる。

「りっちゃん、男の子だったんだ」

抱き上げて気付いたことを口にすると、急にりっちゃんがバタバタ暴れ始めた。引っかかれると怖いので解放してあげる。地面に着地したりっちゃんは、わたしから距離をとって顔を隠すように地面に蹲った。

なにか気に障るようなことをしてしまったのだろうか。男の子はすぐ不機嫌になるから、扱いが難しい。


「お、名前だ!名前〜!」


背後から名前を呼ばれて振り向くと、月永先輩がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。なぜこの人にはよく見つかるんだろう。神出鬼没すぎてもう慣れてしまったけど。

「つきながせんぱ」

い、と言う前にりっちゃんが膝に飛びかかってきた。バランスをとれなくて、尻餅をつく。……痛い。

「猫がいる!名前の友達か?」

月永先輩がわたしの肩のあたりから膝を覗き込んだ。りっちゃんはわたしの膝の上で先輩を見上げている。
しばらくの間、二人(?)が黙って見つめあった。変な空気。

「友達というか、知り合いです」
「……いいないいな!おれにも抱っこさせて!」

月永先輩は一瞬鋭い視線を送った後に、すぐいつもの笑顔に戻った。りっちゃんはというと、先輩の言葉を聞いてから、わざとらしくわたしの膝の上で丸くなって目を閉じる。
寝ちゃうの……?

「眠いみたいです」

急に飛びかかってきたのは、眠いからわたしをベッド代わりにしたかったからだろうか。完全にりっちゃんのベッドと化したわたしは、困ったように月永先輩に視線を移す。
むむむ、と唸った先輩はりっちゃんに向かって話しかけた。

「名前の膝枕が気持ちいいんだな!?む〜っ!羨ましい!」

りっちゃんが片目を開けてから、何事もなかったかのようにまた目を閉じる。すやすや寝息が聞こえてきそう。
月永先輩、そんなにりっちゃんを膝枕したかったの。足が痺れても困るからわたしとしては代わってほしいぐらいだけど。

「りっちゃん、おやすみ」

りっちゃんの頭を撫でてあげると、にゃー、と小さくて眠そうな鳴き声が聞こえた。


(名前の膝の上は俺のものだからねぇ、王さま♪)
(リッツが羨ましい!)