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ある日の放課後。なんとなくすぐには家に帰りたくなくて、部活動をしている生徒を眺めながら中庭を散策していたとき。

にゃ〜

急に近くで鳴き声がして足元を見ると、一匹の黒猫がわたしを見上げて座っていた。つやつやした黒い毛並みの、赤い瞳が特徴的な猫だった。

「どうしたの。迷子になったの」

思わず小さい頃のように声をかけてしまう。昔、お兄ちゃんと公園で遊んでいるときも、こんなことがあった。あのときも確か同じようなことを口にした気がする。
黒猫はわたしの足元にすり寄ってくると、そのまま地面にごろんと寝転がる。ごろごろしながら、手招きをしてわたしとじゃれあって遊びたいようだった。

「あなた、凛月に似てる」

にゃ〜

お腹を撫でてあげると、黒猫は小さく鳴いた。顎の下を撫でようとしたのに、指先を甘噛みされたので手を引っ込める。……こいつ、今わたしの指を食べようとした。

「りっちゃんって呼んでいい……?」

なんとなくそんなイメージだったので勝手に呼んでみる。本人は澄ました顔で毛繕いを始めた。
この子、この学校に住んでいるのかな。

ポツポツ。

「雨」

急に水滴が頬に当たった。さっきまで晴れていたのに、急に雨雲がやってきたようだ。雨脚はすぐに強くなる。雨が降るなんて聞いていなかったので傘は持っていない。

「濡れちゃうから、おいで」

迷ったものの、このままこの子を雨の中に取り残すのも躊躇われたので、りっちゃんを抱き上げてカーディガンの中に入れた。

にゃ〜にゃ〜
突然のことに驚いたのか、りっちゃんはバタバタと暴れ出す。ごめんね。

「ちょっとだけ我慢して」

無理やり胸元に押し込んでカーディガンの上から押さえつけると、ピタッとりっちゃんの動きが止まった。静かになった。りっちゃんがおとなしくしているうちに、屋根があるところへ走ろう。




「大丈夫?」

校舎に連れてくるのはまずいと思ったけれど、下駄箱付近までならみつかっても怒られないだろう。この学校ではなぜか動物をよく見かけるし。

にゃ、にゃ

胸元からりっちゃんを引っ張り出すと、なぜかぐったりしている。息が荒いし、弱っているようにも見えた。もしかしてわたしが強く抱きしめすぎたせいで息が詰まったしまったのだろうか。
ごめんなさい。わたしいろいろと壊してしまうから。

「雨が止むまでここで待っててね」

頭を撫でてから地面に下ろしてあげようとしたとき、ぐったりしていたりっちゃんが急にわたしに向かって飛びかかってきた。唇にりっちゃんの鼻先が触れる。

「きゃ」

その瞬間、目の前で何かが弾けて、小さな星が煌めいた。反動で体がふらつく。夢から覚めたような、ふわふわとした感覚。ちょっと意識が遠のいた。

「ふぁあ……大丈夫?名前」
「凛月……?」

倒れると思ったのに、何秒経っても倒れる衝撃がこない。
そっと目を開くと、すぐ目の前に凛月がいた。背中に回された手は凛月のもの。

「なんか体があちこち痛いんだけど」

凛月は首に手を当てて、いたた、とつぶやいている。
そんなことより。

「りっちゃんは」

さっきまでわたしの腕の中にいたのに、どこにいってしまったんだろう。辺りを見渡してもりっちゃんの姿はない。

「なに?名前に『りっちゃん』って呼ばれると変な気分。可愛いからいいけど」
「凛月のことじゃない」

かわいい黒猫との不思議な時間は、雨が上がるのと同時に終わってしまった。……夕立だったのかな。


*

「たまには猫になるのもいいかもねぇ♪」