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「名字名前、ね」

わたしが紙に書いた名前を彼が読みあげた。名乗る必要はないと思ったけれど、わたしは生徒で彼は保健室の先生。この部屋に来たからには彼に従うべきだろう。

「あんたのこと知ってる。最近よく休んでるでしょ。新学期が始まったばっかなのに珍しいなぁと思ってた」

先生は小さな紙を指先で摘んでひらひらと揺らす。まるで彼の手のひらで弄ばれているようで、少し嫌な気分になった。知ってる、なんて嘘。生徒はたくさんいるのに、わざわざわたしのことなんか記憶に残すわけがない。

わたしの警戒が伝わったのか、先生はこちらに一歩近づいてきた。

「熱はないの?顔色があんまりよくない。まぁ俺に言われてもって感じだよねぇ」

そのままこちらに手を伸ばしてくるので、わたしは咄嗟に身を引いた。防衛本能が働いたのだ。
出来る限り身を縮めて、目をぎゅっと瞑る。

「体温計だけど。驚きすぎ」

その言葉におそるおそる目を開く。先生の手には言葉通り体温計が握られていた。
受け取りたくなくて黙ったまま固まっていると、彼は首に手を当てて気だるげに息を吐いた。

「……念のために測って。保険医らしいことしなきゃ、セッちゃんに給料泥棒って言われる」

そういった先生の顔が少し疲れているのを見て、彼を困らせていることにやっと気づいた。とりあえず体温計を受け取ると、近くにあるパイプ椅子へ座るよう促される。

受け取った体温計を脇に挟んで、わたしは大人しく椅子に座った。

「保健室でサボりたいぐらい嫌だった授業ってなに?」

なぜわたしがサボりに来たとバレたんだろう。少しどきっとしたけれど、それを悟られたくなくて平静を装う。先生が『紙に書くジェスチャー』をしたので、渋々ペンを走らせた。

「『現代文』?へぇ、珍しい。てっきり体育かと思った」

彼が少し笑みを浮かべた。なぜだろう。わたしとコミュニケーションをとってもいいことなんて何もないのに。

『教科書を読みたくないので』

わたしが紙にそう書くと、先生はくつくつと肩を揺らして笑った。
笑顔がなんだか子供っぽい人だ。

「わかる。俺も気持ちよく安眠してるときに起こされても、教科書なんて読む気にならなかったし」

先生のそれとはちょっと問題が違うのだけど。この人はあまり詮索して来ないようだ。それはわたしにとっても有難いことだった。なぜ喋らないのか、なにがあったのか、そういう繊細な部分には触れて欲しくない。

沈黙に包まれる前に、タイミングよく体温計が電子音を鳴らす。

「はい、見せて」

わたしが数値を確認する前に、体温計は先生の手によって奪われる。
熱なんてないのはわかっているけど、一応見せてくれてもいいのに。

「ん〜、たいへん。これはベッドで安静にしてないと」

先生は作った声でそう言った。追い出されると思っていたのに、なぜかベッドまで誘導される。

「しばらく保健室からでちゃだめだよ。担任には俺から話しとくから」

わたしが混乱している間に、先生はカーテンの隙間に消えていった。

「おやすみ」