いつも甘いものばかり食べてるから仕方ないことだと思うんだけど。
「歯医者さん行くよ〜」
「行きたくない」
とうとう虫歯になった名前を歯医者に連れていくことになった。でかける準備をして名前を呼ぶと、部屋の隅っこで棒立ちしている彼女と目が合う。
なんでそんなに距離があるの。
「こっちおいで」
「やだ」
ソファの陰に隠れたし。動物病院に行きたくない猫みたいで可愛いけど、いうことを聞いてくれないと困る。俺だって意地悪でこんなこといってるんじゃない。
「もう一生アイス食べられないよ」
「…………」
アイス、という単語に反応した名前は、しばらくして重い腰を上げた。
そんなにアイスが食べたいんだ……
俺が来てっていっても来てくれなかったのに。アイスのやつ……
*
「凛月は歯医者さん来たことある……?痛い?」
歯科について待合室で待っていると、名前が真剣な顔で問いかけて来た。
普段はこんなにぐいぐい迫ってこないのに、今日の名前はやけに主張が激しい。
「ふふ、こわいの?」
からかうように笑うと、名前は急に真顔になってちょこんとソファに座りなおす。
「こわくない」
どうしていつも強がるんだろう。こわいならこわいっていえばいいのに。そういうところが可愛いから放って置けないんだけど。
そのあとの名前は借りて来た猫みたいに大人しくて、いつも以上に無口だった。緊張しているのか、もしくは精神統一でもしてるのか、話しかけても頷くだけ。
「ねぇ、大丈夫?」
心配になって声をかけると、名前は小さく首を縦に振った。ちょっと可哀想になって手を握ってあげても、名前は俯いたままだった。
「朔間名前さん」
看護師さんに名前を呼ばれて、漸く名前が顔を上げた。朔間名前だって。なぜか俺が照れるんだけど。
名前が立ち上がったものの、繋いだ手を離すタイミングがつかめない。
「俺はここで待ってるから、頑張って来てね」
「うん」
たぶん名前よりも俺の方が手を離すのに躊躇った。べつに一生の別れでもないのに一気に切ない気分になる。
思い出したのは、学生時代のこと。名前が突然学校に来なくなったとき。あのときのことがまだトラウマになってる。名前の手を離すときはいつもこれが最後になるんじゃないか、と思ってしまう。
治療室に入っていった名前を見送ったあとは、俺の方が緊張していた。子どもを待つ母親の気分だった。
とにかく柄にもなく不安になって、あれこれ考えている間に、いつの間にか座ったままの姿勢で眠りに落ちていた。
「凛月」
遠くで名前を呼ばれる。
目を開けると名前が俺の顔を覗き込んでいた。
「ん……名前、もう終わったの」
「終わったよ」
診察室に入る前とは違って凛々しい顔をしている。無事終わってよかったねぇ。
「泣いちゃった?」
「泣いてない」
怪しいな〜。でも、俺も心配でそわそわしちゃったから、今日はおあいこだね。
*
歯医者さんの帰りに、名前が好きなケーキ屋さんの前を通った。治療が終わったばかりだけど、がんばったご褒美に買ってあげてもいいよね。
「ケーキ……!」
案の定、名前は目をキラキラさせてケーキを選んでいる可愛い。こんなに生き生きした名前はなかなか見られない。
「食べたらちゃんと歯磨きしようね」
「うん」
ショートケーキ、フルーツタルト、チョコレートケーキ……選べない。凛月も食べる?
3つとも買えばいいじゃん〜。
なんて、呑気な会話をしていてハッとした。
あれ、ちょっと待って。
もしかして、名前を虫歯にしたのって俺なんじゃ……?
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