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失ったものを埋めることなんてできない。
ずっと心の真ん中に穴が開いたまま生きていくのだと、思っていた。






玄関を開けると、予想よりも低い位置に彼の瞳があった。


「うっちゅ〜☆」


近所にある私立幼稚園の制服を着た男の子は、わたしを見上げて謎の言葉を発した。
本当に来たんだ。親戚のお姉さんから電話があったときは、あまり真剣に考えていなかった。


「わはは☆おもしろい顔してるな!インスピレーションがわいてきそう!紙とクレヨンある??ああ!はやくかかないと"けっさく"がきえてしまう!」


聞いているこっちが酸欠になりそうなくらい一息に言い切った彼は、小さな靴を脱いで部屋の奥に走っていった。幼稚園児は元気だ。


「君の名前は」


小さな背中を追いかけて部屋に入る。
彼の呼び方ぐらいは知っておかなければならない。


「ん〜?つきながれお!たしか、そんなかんじ!」


れおくん。
今さらいっても遅いかもしれないけど、床に書くのはやめてほしい。


「おまえは??なんてよんだらいいの??」


注意しようと思ったタイミングで、彼が顔を上げた。
ペリドットみたいな綺麗な瞳と目が合った。


「名前です」
「名前な!たぶんおぼえた!」


あまりにも軽いノリだったので、本当に覚えてもらえたかどうかはわたしにもわからない。
部屋に散らばった鞄や帽子を拾い集めて、床に寝ころんでいる彼の隣に座る。
気が付いたら既にフローリングが黒い油性マーカーで彩られていた。

鼻歌をうたいながら手を動かす彼の横で、わたしは茫然と宙を見つめた。
ここ最近、何もする気が起きなかった。

だから。


「できた!名前、みてみて!」


そういってれおくんが床の音符を指さして笑ったとき。


「『これからよろしく!のうた』だ♪名前にプレゼント!」


久しぶりにもらったあまりにも可愛らしいプレゼントに、わたしは目を丸くして固まってしまった。