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「はぐれないようにね」


お祭りの会場についたとき凛月がそんなことを言っていた。そのときは、まさかそんな簡単に迷子になるわけがないと思っていたけど。


「凛月……?」


辺りを見渡しても凛月の姿はなかった。ちょっとよそ見をしたすきにこれだ。人の波に押されて、急に不安になる。

凛月、どこ行ったんだろう。手を繋ぐように言われたとき、ちゃんと繋いでおけばよかった。変な意地を張らずに。

このまま凛月がみつからなかったらどうしよう。凛月はそのうち一人で家に帰っちゃうかも。せっかく浴衣まで着てきたのに、嫌な思い出にはしたくない。


「一人でどうしたの〜?泣きそうな顔しちゃって」


人混みに流されていると、急に後ろから声をかけられる。知り合いかと思って振り返ると、見たこともない男の人が二人でわたしを見つめていた。


「ねぇねぇ、一人なら俺たちと遊ばない?いいところに連れていってあげるよ」


流れるように距離を詰められて、二人のうちの一人が腰に手を回してくる。男の人に近づかれるのはあまりいい気分じゃない。


「行きたくないです」


こういうときはちゃんと断らないといけないと思ってはっきり抵抗したのに、相手はわたしの腕を掴んで無理やりどこかに連れて行こうとした。


「そんなこと言わないでさ〜。ちょっとだけだから!ほら!ね!」
「や……離してください……っ」


ここから動きたくなくて足に力を入れた瞬間、下駄の鼻緒が小さく音を立てて切れた。パニックになった拍子に足を思い切り捻る。おかげで踏ん張っていた全身の力が一気に抜けた。


「このままつれてくぞ」
「ナイス〜」


わたしの力が弱まったすきに二人が目を合わせて笑った。わたしは片足を引きずったまま、手を引かれる方へ足を動かす。凛月がいないだけでも不安なのに、それに重ねてこんな目に遭うなんて、もう抵抗する気力もない。

でも嫌だ。行きたくない。離して。
だれか。助けて。


「そいつから離れてくれない?」


凛と、耳に響く声。
わたしが探していた声だ。


「あ?」
「お兄さん、この子の知り合い〜?」


声の主を確認すると、一目見てわかるくらい機嫌の悪そうな凛月が立っていた。わたしの手を掴んだまま、男たちが凛月を揶揄いだす。

凛月は落ち着いていた。


「彼氏だけど。3秒以内に離れないとあんたに何するかわかんないよ」


そう言って、凛月がわたしに微笑みかける。なんでこんなときに笑うの、と思ったけど……。
そうだ。わたしは。


「いたたたっ!なんだよこいつ!」


凛月に意識が向いている間に、掴まれている腕ごと男の手を捻りあげる。ぐっと力を入れると、途端に響き渡る男の叫び声。


「名前がね――って遅かったか」


何やら文句を言いながら走り去っていた男たちを尻目に、凛月が呟いた。そうだった。力仕事はわたしの役目。


「大丈夫?」
「うん」


凛月がわたしの前に立って頭を撫でる。ちょっと離れ離れになっただけなのに、ずっと会ってなかったみたい。凛月の手の重さとか、温かさに心が浄化される気がした。

と思った瞬間、凛月に手を引かれてぎゅっと抱きしめられる。


「凛月」
「し〜っ。静かにして。ほんとはこんなんじゃ我慢できないくらい名前のことが欲しくてたまらないんだから」


公衆の面前で目立つことはしないで、と思ったけど、今日はわたしも近づきたい気分だったから抵抗はしない。

しばらく無言で抱きしめられたあと、静かに解放された。


「行くよ」


今度はちゃんと手を繋いで歩き出そうとすると、足に違和感。そうだ。


「待って。足が」


下駄は近くにあったものの、足を挫いたせいで歩けそうにない。暗闇でよく見えないけど、この感じだと腫れてるかも。


「挫いたの?どっち」
「右」


凛月が下駄を持ってくれて、わたしは自然と彼によりかかる形になった。


「ゆっくりしか歩けない……置いてかないで」


もう一人になりたくなくて必死にお願いすると、凛月は小さく笑ってわたしの背中に手を回した。


「置いてかないよ……ちょっとだけ我慢してね」
「わっ」


ふわっと体が浮いたかと思うと、目の前に凛月の顔。これって……確かお姫様抱っこじゃなかったっけ。


「凛月、やめて。恥ずかしい」


恥ずかしくて暴れると、凛月が腕の力を強めた。


「暴れないの〜。このほうが早いじゃん。もうすぐ花火が上がるから、静かなとこに行くよ〜」
「下ろして」
「だ〜め」


話を聞いてくれないし。
人気のないところに着くまで、わたしと凛月の攻防は続いた。


「下ろして」
「いたっ……俺にまで手を出さないでよ」