「ほら、いい加減起きろよ、凛月」
「ふぁあ、ふ……」
思わず手を止める。
気が付いたらいつの間にか教室は静かになっていて、クラスメートはもうほとんど残っていなかった。
隣の男子を除けば。
「うるさいなぁ……じゃあ、ま〜くんがおぶってよ。一緒に帰ろ……♪」
「今日は俺も忙しいんだよ。早く教室閉めたいからとりあえず起きて外に出るぞ」
「え〜、せっかく安眠してたのに……ていうか、俺に言うなら隣の破壊神にも言ってよね」
隣の席の男の子と……もう一人も確か同じクラスの男の子。
二人が話しているのをなんとなく聞きながらレポート用紙をぼーっと見つめる。
……隣の破壊神?
彼の隣にはわたししかいない。
「名字さんは関係ないだろ……あ、ごめんな、邪魔して」
自分の名前を呼ばれたので隣を見ると、二人と目が合う。一気に心臓が2cmぐらい縮む。
「でもそいつがいたら教室閉められないでしょ。早く追い出してよ」
ここにいてはいけない空気。わたしだって空気ぐらい読めるから。
それよりさっきの破壊神って……?
「なに、不思議そうな顔して。破壊神って呼ばれたのが気に食わないの〜?」
「こら、凛月! その話はもういいだろ」
え、気になるんだけど。
「あの」
思い切って、というより、我慢ができなくって声をだすと、二人がわたしを見た。
だ、だから、あんまり見つめないで。視線がなによりこわいの。
「わたし、なにかしましたか」
「え〜、知らないの? うちのクラスのドアを壊したくせに」
「え」
初耳だ。いつ、壊したのだろう。……って、一つだけ心当たりがある。
「あのときの……」
不登校明け一日目、わたしがこのクラスに初めて顔をだしたときのことだ。
わたしはパニックになって教室から逃げ出して、そのとき確か思いっきりドアを閉めた、気がする。あのとき壊れたんだ。
「大丈夫だから心配すんな。あのあとみんなで直したし。それより腕大丈夫だったか? ドア壊すぐらいの勢いで閉めたんだろ。ごめんな、こわがらせて」
「こわかったのはこっちなんだけど。おかげで目が覚めたんだよ」
もしかしてそのせいでみんなに怯えられてるの?
教室のドアを壊した『破壊神』だから。
「ごめんなさい……」
自分の知らないところでそんなことが起こっていたなんて、考えただけで恥ずかしくなる。
わたしは慌てて机の上のものを鞄にしまうと、席を立った。こういうときのわたしは異様に俊敏だ。
「名字さん」
しかし、呼び止められて体の動きが止まる。
クラスメートと話をするなんて、わたしには難易度が高すぎる。
「また明日な」
「ばいばーい」
二人に見送られて、わたしは壊れかけのロボットみたいになったまま、教室をあとにした。
*
「ま〜くんって優しいよね。その優しさを俺だけに向けてくれたらいうことなしなんだけど」
「おまえもちょっとは周りに優しくしろよ……」
「ま〜くんには優しいでしょ〜?」
「優しいのと甘えるのは別物だからな」
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