(その97の後、お兄ちゃんと朝木さんがユニットメンバーの元へ帰った話)
「なにそれ、プロポーズじゃん」
現場に戻って起こったことをありのままに話すと、真昼は俺がお詫びに買ってきたマカロンを齧りながらその一言を口にした。かわいい顔してかわいいものを食べてるとほんとに詐欺だと思う。
「要するに『僕のかわいい妹に傷がついて貰い手がなくなったらだれが責任とるの』って気持ち悪い問いに『俺が責任をとって嫁にもらいます』って返したんだよね」
いろいろ付け足されてる気がするけどだいたいそういうことだよ。というか今、流れるように気持ち悪いって言わなかったか?
「まあそんな感じでややこしいことになって揉めてる間に一日が終わって、妹ちゃんが目覚めないまま2日目が過ぎて、3日目の朝に目が覚めたんだよ」
だから怒るなよ、という意味を込めて言ったのに、真昼は余計に口を尖らせて俺を睨みつけて来た。
「じゃあその間実質一人で仕事を進めてきたボクに何か言うことがあるよね?ゆっきーは何も話さないし、しんくんはそもそも現場に来ないし?あっくんはボクが必死でメール送ったのに一切返してこないし!」
相当お怒りのようだった。
そもそも怒るなら俺じゃなくて聖夜だと思うんだけど?先に現場から飛び出したのは聖夜のはずだ。俺がその後を追ったのも悪かったけど、俺が行かなかったら怪我人が5人ぐらい増えてたんだよ。
「だからごめんって言っただろ〜?」
「はあ?ごめんで済むと思ってるの?指の一本や二本くらい差し出す誠意を見せてほしいんだけど」
「おまえかわいい顔して物騒なこと言うなよ」
しかも真顔で言うから余計にこわい。
スイーツは食べ飽きたのか紅茶を一口飲んだ真昼は、いつものように熊のぬいぐるみを両手で抱っこする。こうやって見ると本当に純度百パーセントの幼気な少年なのに。
「それぐらい大変だったの!昨日は雑誌の取材があったのに、ボクとゆっきーしかいないでしょ?それってもうボクしかいないのと同じ!」
「夕紀が可哀想だろ。二人とも仲がいいのにこういうときだけ存在を否定するのやめろよ」
ふん!とそっぽを向いた真昼に、ずっと静かにしていた夕紀が横から小さく呟いた。
「ごめんね、真昼」
夕紀は相変わらず無表情で感情が読めない。もっと悲しいとか苛だたしいとか自分を表に出してもいいんだぞ、夕紀。
「ゆっきーは悪くないの!それを売りにしてるんだから!でもリーダーとセクシー担当がいなかったら、うちのユニットはただの天使しかいないじゃん!ぴりっとしないんだよ!」
天使って言わなかったか?
「自分のこと天使だと思ってるなら怒ってないで笑いなよ。さすが元夢ノ咲の殺人鬼だな」
「ボクはもう人を貶めたりしないよ?ちょっと退学に追い込んだくらいでぴーぴー騒ぐような連中には構ってられないの。それに今はせーくんが拾ってくれたおかげで心を改めたから!」
真昼の過去については俺も詳しいことは知らないけど、真昼が原因で学校を辞めたやつが何人かいるってのは聞いたことがある。
心を改めたわりにはまだ反省してない気がするけどね?
「でも僕のこと気持ち悪いって言わなかった?」
ほら、聖夜に聞こえてたよ。
「せーくん!ねえ、あっくんはごめんの一言で終わらせようとしてるけど、せーくんはそんなことしないよね?」
聖夜の顔を見た途端、顔色を変えて駆け寄っていく真昼に思わずため息が出る。
「もちろん。マヒルには感謝してもしたりないよ。いつもありがとう。君のおかげでeyesは成り立っている」
「ふふ〜♪せーくんはよくわかってる!ボクのくまさん攻撃に落ちない女の子はいないもんね♪」
熊さん抱っこしてるだけだろ、とは言えないし言わない。
「妹ちゃんは無事だったからいいけど、例の騎士はどうだった?そろそろ妹ちゃんと駆け落ちしそう??」
やっと話が落ち着くかと思った矢先に、真昼が爆弾を投下する。
おまえ、いまの聖夜にその話題はやめて?ここまで連れて来るのにどれだけ時間がかかったか真昼は知らないからそんなこと言えるんだよ。
「まさか。僕のかわいいお姫様がそんなことするわけないでしょう。大丈夫。たいした相手じゃなかったよ」
嘘つけ、おまえだいぶ取り乱してたけど!?殴りかかろうとしてたし、半分胸ぐら掴んでたし、あの子たちみんな引いてたよ?
「え〜、残念。騎士の首をとりにいく展開はないの?ボクそういう人間の揉め事大好きなんだけどな〜」
こっちはこっちで変なところでテンション上げようとしているし。
「ボクたちが知ってるのって今の三年ぐらいでしょ?後輩にはあんまり興味ないけど、せーくんは仲良くしてたんじゃないの?さくまなんとかってやつ」
朔間なら俺も知ってるけど。
「だれ?知らないな」
聖夜は真昼の問いに「初めて聞いた」という顔でこたえた。
は?
おまえ朔間と仲よかったじゃん。
「そうだ、ユウキにお願いがあるんだよ。僕のかわいい妹が万が一にも変な虫にとられないように、手は回しておかないと」
聖夜は真昼の話に無理やり区切りをつけて、夕紀に向き直る。
ふふ、と笑った聖夜の横顔に、あ、これはまた面倒なことになる、と嫌でもわかった。小さい頃からこいつはこの顔をする。
アイドルになりたいって言い出した時もそうだ。
「もう学校には行かせない。傷つくぐらいならずっと鳥籠の中に閉じ込めておいたほうがいいと思うんだ」
夕紀が無言で首を傾げる。
真昼は楽しそうに熊を抱きしめた。
俺は、今度はだれを止めたらいいんだ?
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