部屋の中に響くのは、衣擦れの音と、ベッドが軋む音。すり寄ってきた凛月に、名前は抵抗しなかった。
いまはただ朝が来ることだけを待ち望んでいた。
「名前〜、膝枕して」
膝枕は、馬乗りになってするようなことじゃない。彼は名前に本当のことを話したことがなかった。何を望んでいるのかも。
「凛月、それは膝枕じゃないよ」
光のない瞳で教えてあげても、凛月は引き下がらなかった。
暗闇の中で赤い瞳が名前を捉えて離さない。
「知ってる。最近、呼んでくれないから死にそうだった。血よりもあんたが欲しいの」
「わたしに選ばれたって、零は戻ってこないよ。あそこには帰れないの」
けれど、名前はよくわかっていた。
この屋敷では、必死になっても望むものは与えられない。何回繰り返しても、うまくはいかないからだ。
凛月が視線を逸らしたことで、名前はやっと笑えそうな気がした。
絶望すればいい。いつも適当なことを言ってわたしを弄ぶ罰だ。
「……やめてよ、人から夢を奪うのは」
凛月は小さく息を吐いて目を閉じた。
夢を見ているのはどちらだろう?
「いいから早くしよ?それで今夜はおしまい。俺、夜は元気だから朝が来るまで付き合ってあげるよ」
わざとらしい甘い声で囁きが降ってくる。
首筋に彼の吐息がかかって、名前は全身の力を抜いた。
思い出すのは、もうしばらく会っていないかわいい子猫のことだった。
「ねぇ、新しく来た子は元気にしてる?最近、顔を見てなくて」
敬人に聞いても嫌な顔をされるだけだ。
ちゃんとご飯を食べているだろうか。
いじめられたりしていないか。
今夜はどこで眠っているのだろう。
「あのさぁ、今夜は俺の時間でしょ。他のやつの話なんて聞きたくないし、話したくもない」
「そうだよね」
凛月の言う通り、鐘の音がしたときから、今夜の名前はレオのものではなかった。
強引に重ねられた唇と、腹部を這う冷たい指先が名前の思考を停止させる。
こうして夜は更けていく。
形を残すためだけに。
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