(その60の、凛月に起こしてもらったときのお話)
一通り曲を弾き終えて時計を確認すると、もうすぐ日付が変わるころだった。
「名前、起きて」
「ん」
声をかけて体を揺すると、名前の口から小さく声が漏れた。
ちょっとどきっとする。名前に触れている腕のあたりが温かい。
「名前、起きっ――」
早く起こそうと思ってもう一度声をかけようとしたのに。飛んできたのは拳だった。
「あぶな……」
殴られる前に受け止めると、一息つく暇もなく胸のあたりを掴まれて強い力で引き寄せられる。
「ちょっと……っ」
なにこの力。一瞬抵抗できなかったんだけど。突然のことすぎて胸倉を掴まれたまま動けない。
一気に距離が縮まって、名前の顔がすぐ近くにあった。こんなことしておいて、本人はまだ寝てるし。
「……さすがゴリラ」
左手で名前の右手を押さえて、空いている方の手で距離を取る。いい加減起きないと困るんだけど。
「……凛月?」
ゆっくり名前の目が開いた。何度もまばたきをして俺を見上げる。
暗闇の中で、名前の黒い瞳の中に俺だけが映っている。
「寝起きが悪いなんて聞いてないんだけど。顔に穴が空くかと思った」
気まずくなって目を逸らす。
名前は目をこすって、小さくあくびをした。なにそれかわいい。
「おはようございます……」
「おはよ〜。もう帰ったら?送っていってあげるけど、家はどこ?」
このままここで二人きりなんて御免だし。
付き合わせたのは俺だから、送っていくぐらいはしてあげるけど。
家の場所を聞かれた名前は、しばらく一人で悩んでから、小さな声で教えてくれた。
言いたくない理由でもあるの?
「なんだ、うちの近くじゃん。ほら、行くよ」
さりげなく名前の腕を引いたら、想像以上に細くて手が震えた。
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