先週、母が急にわたしの前で人差し指を立てた。
「名前ちゃんにミッションです」
「は?」
普段から突拍子もないことを言いだす人だけど、今回ばかりは呆気にとられて間抜けな顔をしてしまう。
「ミッション」
「そうです、ミッションです。目標を達成しないと、名前ちゃんには報酬が与えられません」
「報酬ってなんですか」
「おみやげです」
またなにが始まったんだろう、と首を何回も傾げる。
ミッション?報酬?おみやげ?
なにを完遂したらいいんでしょうか、わたしは。
嫌な予感しかしない。
「おみやげいりません」
「おみやげ欲しいって言って。ミッション中止になっちゃうから」
「いや、いらない」
「…………パパとママね」
勝手に話し出すのやめてよ!
だって〜、名前がつれないんだもん〜、とわざとらしく駄々をこねだす母に、わたしはため息を吐く。
父は昨夜から作り始めた熊本城のプラモデルに夢中だった。
頼りにならない!
「来週から旅行に行きます。名前ちゃんはお家でお留守番です」
「はあ」
どう見たってそんなにラブラブな夫婦には見えないんだけど、この二人はよく旅行を企画する。
しかもそれが突然だから娘のわたしは困る。
今回は一週間前の宣言だし、わりと早い方だけど。
「ちなみに今回はパパとママだけじゃなくて、親戚と、ママの友達と、パパの飲み仲間と、そこから広がった交友関係で、ちょっとした大人だけの大旅行になったんだけど」
「いってらっしゃい」
何人で行こうが勝手だけど、もういい歳なんだし、羽目を外しすぎないでよ。
いつものことだと思って話に区切りをつけようとしたものの、母は「まだ続きがあるの」と言ってわたしを引き止めた。
「ミッションっていうのはね、名前ちゃんに男の子を預かってもらいたいの」
「へ?」
「一緒に行くお友達の家なんだけど、小さい息子さんがいて。一緒につれて行くにはちょっとハードだし、今回は大人だけの旅行だからね?そこに名前ちゃんが登場しました!これはもうあなたしかいない!みんなあなたに期待しているの!」
なにその芝居がかったセリフ。
ようするに、その息子さんをわたしに預けてみんなで旅行してきます!ってこと?
わたし、高校生ですよ!
「向こうはかわいい幼稚園児だから大丈夫!がんばって、名前ちゃん!」
母は最初から最後まできらきらスマイルで貫き通した。
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