幸い三日経てば教室の空気にも慣れてきた。一日教室に滞在することは未だにできないけど。みんなもわたしの存在に慣れて、見事なまでに空気扱いしてくれる。
……慣れてるというか、いないことにされたような、気もするけど。
一か月の付き合いだし、放置されたほうがありがたい。
授業にはついていけないと早々に諦めたので、授業の間に例の『学校を辞めたい理由』を書くことにした。役に立たないことを頭に入れるより、このほうが絶対効率的だ。一日でも早く書き上げて、無事一か月を乗り越えたい。
ちなみに『退学レポート(命名)』の内容は、
『学校を辞めたいから』
『想像していたのと違ったから』
『通学時間が億劫だから』
『授業が理解できないから』
もうすでにネタが切れ始めてる気がするけど。これだけ枚数があるんだから、いくらだって書けるはずだ。『アイドルに興味がない』とか……好きなことを好きなだけ書けばいい。
そんな感じでクラスメートと一言も話すことなく五日が経ったある日のことだった。
「ねぇ」
それが自分に向けて発せられたものだとわかるまでに時間がかかった。
今日もわたしは黙々と退学レポートを書いていた。こんなに毎日書いているのに全然進んでないんだけど。
「それ、なに書いてんの」
そこでやっと隣から話しかけられていると気付いて、わたしはそっと視線を横に向けた。
隣の席の男の子と目が合う。初めて顔を見た。いつも寝てるからどんな人なのかも知らなかったけど。
「え……?」
「必死に書いてるから気になっただけなんだけど。授業聞いてないでしょ〜……?」
かくいうあなたも授業なんて聞いてないだろう、という言葉は飲み込んで、わたしは退学レポートを見つめた。
「退学レポート、です」
思わずありのままを伝えると、隣の彼は、ふぁあ、と可愛らしくあくびをして目を細めた。
「ふ〜ん、学校辞めるんだ」
心底どうでもいい、といった感じの反応をもらって、急に自分のしていることがバカバカしく思えてくる。
「やっぱり辞めないほうが、いいですか」
彼に聞くのもおかしな話だけど、人と話すのが苦手なわたしが、なぜか彼とは普通に話せたので、ちょっと話してみたい気分になった。一人で抱え込んでいるより、このほうがずっと楽だ。
「いいんじゃない〜? あんたがいてもいなくても、隣が静かで眠りやすいのにかわりはないしねぇ……♪」
いてもいなくても変わらない、って言われてるのに、特に苦には感じなかった。
「じゃあ、静かにしてます。得意なので」
「…………」
急に彼が黙り込む。わたしをじっと見たまま、なにかを値踏みしているような、視線。
「そういう意味で言ったんじゃないんだけど……まあ、俺の安眠を妨害しないなら、いてもいいんじゃないの」
彼はそう言って、また眠りの世界に帰っていった。よくわからないけど、彼は眠るのが好きなんだ。
いいな、好きなことがあって。やりたいこともあって。学校で寝るなんて、そんな勇気わたしにはない。こんな息が詰まる場所で、落ち着けるわけがないから。
←