軽やかな三拍子、流れるのは「宮廷舞踏会」と「子供の謝肉祭」。西洋音楽に馴染みのないミヒャエラを思ってか、ミヒャエラでも聞いたことのある楽曲が空き教室で流れている。
クリスマスにあるというダンスパーティのため、ミヒャエラはスラグホーン先生から空き教室の利用許可を得て、ミサピノアから特訓を受けている。
「もう少し顎を引いて、両脇の下に空間を空けると踊りやすい」
はずであった。
隣ではお手本となるべくミサピノアとブリシュウィックがペアとなり、そしてミヒャエラの腰に手を回すのはリドルであった。またしてもリドルのファンから目をつけられそうな光景に頭痛がしそうだったが、そもそも男役が居ないのに練習は限度があるわと言うミサピノアに押し切られ、「いつもの」と呼べるようになってきた四人での練習となったのだ。あくまでもミサピノアの提案があったからであって、そしてブリシュウィックとそのまま良い関係になってほしいからであって、ミヒャエラがリドルと練習したいなどということはない、断じて。
放課後、夕食までの少しの時間ではあるが、ミヒャエラは確実に上達していた。相手役のリドルもマグル育ちであるので条件は同じと思っていたが、勉強熱心な彼は本で読んだと聞いて想像していた以上に踊れている。そんな器用な彼のエスコートがあれば、ひとまず初心者とばれないであろう程度には踊れるようになってきた。と、ミサピノアは言う。
貴族育ちのミサピノアやブリシュウィックからしたら初歩の初歩だろうこのワルツのステップも、ミヒャエラはようやくお喋りしながら踊れる程度だ。
「さて、基本はこの程度で良いかしら」
「そうだな、リドルもカゲヌイも良く踊れているから、すこし先へ進んでも良いかもしれない」
「ちょっと待って頂戴、ブリシュウィック!学校のダンスパーティでこれ以上を求められるの?私はあまり器用ではないから、難しいことは出来ないわよ」
のりよく言う二人に、ミヒャエラは絶望の声をあげた。それを見たリドルは面白そうに笑うと、「僕のエスコートがありながら『できない』だなんて言わないでほしいなぁ。」と言う。そう言われてしまえば、ミヒャエラはぐっと本音を押し殺して練習にはげむしかなくなってしまった。
ミサピノアはローブ姿でもミヒャエラが踊っているという事実が嬉しいらしく、きゃっきゃと普段見せないようなはしゃぎ方で次のステップの説明をはじめた。
ミサピノアと同室になってはじめて見る笑顔に、ミヒャエラは恋心が与える影響の大きさを思い知った。
「ミサったら楽しそうね。私たちの特訓というよりも、二人のデートだと思えば……ちょっとむずかしい、キツイ……辛い練習も悪くはないわ」
「僕たちも一緒に練習してタイミングがあうようになったから、本番も安心して踊れるね」
「ええ、そうね……いえ、そうじゃないわ!一体いつ私たちが一緒に行くことが確定したの!?」
「てっきりカゲヌイは僕が君に寄り添う理由を聞くため、一緒に行ってくれると思っていたのだけれど、違ったかい?」
人前で見せる優等生の笑みに、ミヒャエラは眉をしかめた。
最近になって気づいたが、リドルがこの笑みを浮かべる前には一瞬だけ準備期間があるような気がするのだ。わざと作って笑うために気合を入れるような、一瞬の間を感じる。そしてこうやって浮かべた笑顔が、ミヒャエラはあまり好きではなかった。
折り紙をつかった能力を見せたときのような、知識欲と感動が入り混じった笑顔の方が、何倍も魅力的だ。
「分かったわ。一緒に行く。」
「断ったところで、最近は四人で行動しているから、ほかからお誘いがあるかも分からないからね。」
「逃げ道を奪っておくだなんて、流石はスリザリン生だわ」
「お褒めに預かり光栄です、ミヒャエラ姫」
「……欲を言うなら、私の前でその笑顔はやめてほしいものだわ」
姫と呼ばれたことが少しむずがゆくて視線をそらすと、踊るために普段より近づいていた顔から、ひゅっと息を飲む音がした。ミヒャエラが恐る恐るリドルの顔を見上げると、いつもより蠱惑的に目を細めた顔があった。
「そうだな、君が一体何を血を引いているのか教えてくれたら考えよう」
「レディの秘密を暴きたいのなら、もうちょっとロマンティックにお願い」
いつもよりきつく言ったはずなのに、リドルは途端嬉しそうに微笑んだ。それは優等生らしい穏やかで優しげな笑顔ではなく、獲物を見つけた蛇が歓喜に打ちひしがれるような笑みだ。
ミヒャエラは不思議と、普段の優等生よりこちらの方が好きだと思えた、。
「そうよ、そうやって普通に、リドルの素…のようなものを見せてくれる方が、私は嬉しいわ」
「君、控えめに言って変わっているね。あの優等生な"僕"よりも、こっちの"俺"の方が好ましいだなんて。少し強引で悪そうな感じに惹かれてしまった、一過性の思いでないことを祈っているよ」
「まるで祈ってないような言い方ね。ふふっ、でもそうやって苛立ってイヤミを言われる方が楽しいわ」
くすくすと声をあげて笑うと、ミサピノアとブリシュウィックが何があったのかという風に見つめてきた。どうやらリドルの素は二人に気づかれなかったらしい。それほど、二人の世界を築いてしまっていたのだ、お互いに。
ミヒャエラはなんでもないわと言うと、ミサピノアに練習の続きを促した。
リドルはちょっと感心したように微笑むといつもの優等生へと戻った。ミヒャエラがごまかしたのは正解だったようで、素であるらしい負の感情も豊かだという一面は、あまり知られたくないという感じだ。
ミヒャエラは、リドルがうっかりと表情を出したことで足元が崩れていくような絶望と焦りを感じたことも、それをミヒャエラがさらりと受け入れたことに驚いていることも、更にはそんな彼女の懐の深さを魅力的に感じていることも、全く気づかない。
ただ、ミヒャエラ自身の中にあった「スリザリンなのに誰にでも平等で優しい、笑顔の素敵な優等生トム・リドル」というイメージが掻き消えて、「意地悪でミヒャエラにちょっかいを出すのが好きで、どうやらミヒャエラのことを嫌ってはいないらしいトム・リドル」という風に書き換わっただけだ。
「ねえ、リドル。お願いがあるのよ」
「僕にできることなら何でも」
「クリスマスパーティーはローブの着用が自由だったわよね。もしよければ次のホグズミードで簡単なパーティードレスを選んでもらえないかしら?時間がなさそうなら、通信販売でも良いのだけれど」
一瞬焦ったようなリドルは途端に微笑みを浮かべると、ミヒャエラの手をとってワルツの姿勢になりながら言った。
「お安い御用さ。ミヒャエラのためならばね」
「ありがとう、リドル」
このダンスの練習会から、四人はより一層一緒に居ることとなった。時折、先輩であるアブラクサスやヴァルブルガ、その他スリザリン生をはじめとする生徒たちとも関わりはあるものの、彼らの目のある場所で四人で行動することがほとんどだ。
その影響からか、四人が一緒に居る時間に比例して、ミヒャエラの苦悩は増えていった。
2017/11/08 今昔
_