ミヒャエラは順調にリドルへと好意を寄せてくれているようで、彼は大変に機嫌よく過ごしていた。退屈な授業も後から分からないところを先生に聞きにいくであろうミヒャエラに、「復習に付き合うよ」と声をかけるためと思えば楽しいものだ。更に彼女に「深淵を覗く魔術の心得」という闇の魔術を使いこなすための本を勧めたところ、予想以上に嬉しそうに読み始めたことも理由の1つだ。

リドルにとって、着々と良い駒に育っている、と言えるだろう。

西洋の魔法使いが知らない魔術を扱い、そして闇の魔術も厭わない。眉目秀麗で周囲からの人気もある彼女が意のままに動けば、それだけでたやすく味方を増やせるだろう。


そんな順調な中でも、やっかいなことがあった。


「やあカゲヌイ、ごきげんよう」


並んで朝食を摂っていると、ミヒャエラを挟んでリドルとは反対側に座った同級生。クローウィル・D・バネッティウス。三代前まで遡れる程度の魔法使いで、最近よくミヒャエラに声をかけてくる。


「おはよう。ミスター・バネッティウス」

「そろそろファーストネームで呼んでくれても良いんじゃないかな、レディ」

「……日本人は礼節を重んじるのよ。軽々しくファーストネームは呼ばないの」


ツンケンしているミヒャエラにあしらわれているものの、彼が執拗に声をかけてくるのがどうしても許せないのだ。
案の定、ミヒャエラを支持する一部の男子生徒、特にグリフィンドール男子の中では「ミヒャエラに取り入って貴族の仲間入りをしたいのだ」「欲に目がくらみ、高嶺の花に手をだそうとしている」などという噂さえ飛び交っているらしい。
クローウィルも伊達にスリザリンに組分けされているわけではないので、そんな噂はさらりと聞き流して、毎朝、毎昼、毎晩、下手をすれば魔法薬学のようなペアで行うような授業でさえもミヒャエラの隣を狙っている。


「それに、私、あなたと親しくなった記憶がないのだけれど」


葡萄ジュースで口を潤しながら、ベーコンエッグを切り分けて咀嚼したミヒャエラが、更に冷たく言った。


「あらら、怒らせてしまったかな。ごめんよ、レディ。あまりにも可愛らしい同級生に声をかけようか悩んだまま三年生になったら、あっという間にリドルに取られたから、ちょっと妬いてしまったのさ」

「私とリドルは別にそういった関係ではないのだけれど」

「そうなのかい?オレはてっきり、その…あー、つまりだ、きみたちは恋人同士なのかと思ったよ」


半純血は引っ込め、とでも言いたそうな目を向けられ、リドルは腸が煮えるような思いでコーヒーを飲んだ。所詮数代前までしか遡れないような家系の人間が、数百代続くと言われているカゲヌイ家のご令嬢にいったい何用だ、と問いただしたいのはこちらなのだ。
彼女の優秀さも知らず、彼女の隠された能力も知らず、一体何を言いたいのだろう。リドルは少し遠い、ミヒャエラの前方にあるバスケットからパンをとるついでに、腰を浮かせて座り直すようにして少しだけミヒャエラへ寄った。


「僕としては、カゲヌイとそういう風に見られるのは嬉しいんだけどね。バネッティウスの言葉を借りるなら『妬いてしまう』必要がなくなるから」

「リドル、あなた本当にそう思っているの?私嫌よ、あなたのファンから視線で射殺されるのは。」

「大丈夫、その時は僕もきっと、君のファンから死の呪いをかけられるよ」


ふわっと優しい笑みを取り繕ってミヒャエラの顔を覗き込めば、自分とは少し異なるつくりの美しい顔が、照れたように視線を彷徨わせた。小さく、私にファンは居ないわなどと呟いたようだった。
クローウィルが面白くなさそうに、ミヒャエラの前方にあるパンをとって座り直し、ミヒャエラが気づかない程度に寄って座り直した。恐らくリドルもそうしたことに、気づいていたのだろう。


「リドルはすごいな。あの偉大なカゲヌイのご令嬢、そして我々スリザリン生が付き従うべきあのお方の血を引くと言われるカゲヌイ。彼女の隣に並ぶのは自分がふさわしいと思っているのか?」

「ちょっと、ミスターやめて」


厄介なことを話された、とミヒャエラの顔が歪んだ。
スリザリン生が従うべき一族。そんなもの、どんな愚直なグリフィンドール生だってすぐに分かるだろう。創始者の一人、純血に誇りを持った、サラザール・スリザリンだ。


「まさか、知らなかったのかい、リドル?」

「まさか!バネッティウスこそ、カゲヌイが血族のみで人を見ると思っているのかい?」


彼らを見ていた上級生が止めに入るまで、しばしリドルとクローウィルはミヒャエラを挟んで火花を飛ばしあった。恐らくミヒャエラが居なければ、杖を持ち出す騒ぎになっていただろう。
そのくらい。優等生であるはずの仮面が思わずずり落ちそうなほど、このクローウィルという男はリドルにとって気に食わない相手なのだ。









2017/10/18 今昔




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