ミヒャエラがリドルと並んで大広間へ足を踏み入れるのと同時に、前を歩いていたミサピノアが「あらあら!」と独特の歓声をあげた。思わず、数秒は見入ってから声をあげてしまうほどに、大広間の飾り付けは素晴らしかった。
昨年度と同様にオレンジ色のジャック・オ・ランタンやアクセントに緑のもの浮いており、宙を舞うのは数え切れないほどのコウモリ。そして城に住まうゴーストたちも愉しげに飛び交っている。

今年が特別だとわかったのは、いつも寮ごとに用意されているテーブルはなく、中央にはダンスホールができていて、両サイドに1つずつ長机が用意され、豪華な料理があるということだ。教員席の前には大きな蓄音機が置かれていて、恐らくはあれが自動でワルツやハロウィンの曲を流すのだろう。


「素敵ね」

「ミス・ブラック。もし良かったら、俺とファストダンスを踊らないか?」

「ええ、勿論よ。ここまでエスコートしてくださったのですもの。誘われなかったらどうしようかと思っていたわ」


二人はこちらへ小さく手を振ると、さっそくスリザリンの生徒たちが集まっている方のテーブルへと歩いていった。
取り残されて困ったミヒャエラがリドルを見上げると、彼は当然のようにミヒャエラをエスコートしはじめた。自然に出された腕に、ついうっかり手を添えてしまえば、リドルは満足げにあるき出した。


「リドル、私先ほどもしっかり言ったと思うけど、踊れないのよ?」

「せっかくのご馳走だ、少しくらい居たって良いんじゃないかい?」

「……あなたに私の意見が通ると思っていないから、いいわ。ご馳走くらいは食べなくっちゃ」

「ありがとう。話の分かる人で嬉しいよ」


ところがミヒャエラは、リドルと共に大広間へやってきたことを大きく後悔することとなった。
先ほどまではミサピノアとブリシュウィックをくっつけるためなのだろう、そう思って見逃してくれていた女子生徒たちの視線が、とてつもなく痛いのだ。優等生で顔立ちもとても整っている彼は今までに特別な女の子を作っていないらしい。そこへミヒャエラが収まろうとしているように見えたのだろう。
レイブンクローの団体から抜け出してきた、お人形のような見た目の女の子が、ミヒャエラとは反対側からリドルへ突撃してきた。きれいな金髪を低い位置から三つ編みにしている彼女は、少なくともミヒャエラの知り合いではない。


「ミスター・リドル!」

「やあ、こんばんは」

「よろしければ、私と一曲踊って頂けませんか?」


胸をこすりつけるかのようにリドルへ擦り寄った少女に、ミヒャエラへ向いていた視線が一斉に少女へと向かった。


「申し訳ないけれど、僕はダンスのパートナーが居るというのに、他の女の子と踊るようなことはしないよ。それが彼女の友達ならばまだしも、ミヒャエラは君のことを知らないようだし」


勿論僕も君を知らない。と付け加えられ、少女は引きつった笑顔を見せた。同時に、ミヒャエラの笑顔もひきつった。ファーストネームで呼ばれたことで、周囲からの視線はまたしてもこちらへ返ってきたのだ。


「私は!ブリトニー・アンビション!二年生よ!代々レイブンクローに組分けされる名家と言われていますの!」

「ミス・アンビション、よろしく。僕はトム・リドルだ」


さもはじめましてといった風に言うリドルに、ブリトニーは顔を真っ赤にさせて、見ているこちらがいたたまれない程にきつく拳を握っている。
助けようかとも思っていたミヒャエラも、こうも綺麗にリドルが叩きのめしているのを見ると、それよりも感心する気持ちのほうが勝ってしまった。1つ年下の女の子に対して丁寧に接しつつ、これ以上つきまとうなと言い、自分やミヒャエラは悪くないように周囲へ見せる。
リドルはどこぞの純血貴族の生まれというわけでもないのに、随分と処世術を身に着けているらしい。


「こちらは僕の今夜のパートナー。ミヒャエラ・S・カゲヌイだ。かの有名な東洋の魔女」

「はじめまして、ミス・アンビション。気軽にミヒャエラと呼んでもらえると嬉しいわ。可愛い後輩と知り合えて光栄よ」


ミヒャエラが父親から叩き込まれたよそ行きの笑顔で答えれば、ブリトニーは震えを抑えようと努力しながら握手に答えてくれた。


「よ、よろしくお願いするわ、ミス・カゲヌイ……」


どうにかそれだけ言ったブリトニーはぷるぷると震える拳をそのままに、レイブンクローの集団へと帰っていった。

ブリトニーの友人たちらしき女子生徒数名は、彼女を気遣うよりもかの有名な先輩方に声をかけ、あまつさえ怒らせてしまったことに怯えているようだった。賢そうな下級生が逃げ惑うようにして大広間の隅へと身を寄せる様子は、周囲の生徒たちの顔させも暗くさせた。
慌ててリドルの腕を引いて壁際へよると、一部始終を見ていたらしいミサピノアたちが寄ってきた。


「あらあら、まあまあ…ミヒャエラったら顔が仮面のようよ?」

「え!?笑顔を取り繕えてなかったかしら…」

「違うわ!張り付いたような怖い笑顔だって言ってるのよ!」


あーびっくりしたと言わんばかりに抱きついてきたミサピノアの背中をさすってやると、ブリシュウィックが補足した。


「アンビションの家は純血の五代目で、両親は魔法省に勤めている。まあ、我々貴族とはかけ離れた存在だと思ってくれて良いと思うよ、ミス・カゲヌイ」

「ありがとう、ミスター・ブリシュウィック……とんだ災難ね。これだからあまりリドルと行動をともにしたくはなかったのよ。面倒事が多そうだもの」


ミヒャエラがため息混じりに言うと、リドルは途端に嫌そうな顔をした。それでも美人なことに変わりはないので、女の子たちが悲鳴をあげるはずだとミヒャエラは妙に納得してしまった。
ご機嫌を損ねているらしいリドルの腕が背中に周り、直後にはじまった校長先生のお話もそのまま聞き、そしてご馳走を食べはじめてもリドルの腕が離れることはなかった。

ミヒャエラには分からないことがある。
確かにミヒャエラはリドルの容姿に興味はない。というよりも、生まれ育った日本という国とは顔立ちが違いすぎて、どのような容姿が良いのかがいまいち分からないのだ。日本人というだけでミステリアスな美女と言われているミヒャエラも、皆からみれば判断基準が少なくて美人に見えやすいというだけだろうと思っている。
そのように興味が薄いミヒャエラだからこそ、リドルは側に置きたがるのだろうか。先ほどの一件を見て分かるように、彼の人気はスリザリンだけにとどまらない。そんなリドルが周囲の女の子に付きまとわれることに疲れているとしたら、ミヒャエラの態度に好感を持ったという仮説が成り立つ。


「ねえリドル」

「どうしたんだい?」

「あなたはどうして私と一緒に居るの?もう、二人は良さそうな雰囲気よ」


ミサピノアたちをちらりと見ながら言えば、リドルはまるで恋人同士がするようにミヒャエラの肩をそっと抱き寄せた。


「僕と一緒に居るのがそんなにも嫌かな?」

「そうね、さっきみたいな面倒事は勘弁してほしいわ。それにこういった身体的な接触には慣れていないの」

「僕で慣れたら良いと思うよ」

「そうじゃなくって、どうして私を弾除けに使うのかと聞きたいのよ」


リドルは少し考えるような素振りをすると、にっこりと、腹の底に何を抱えているのか分からない、これぞスリザリン生!といった笑顔で言った。


「クリスマスパーティーのダンス、僕とパートナーになってくれるなら教えてあげるよ」

「……あなたって、本当にいじわるだわ。」

「君限定でね」


ミヒャエラはミサピノアとダンスレッスンをするべきか、気になる自分の気持ちを抑えるべきかよく分からなかった。けれど、この日食べたハロウィンパーティのご馳走が、とても美味しかったことだけは後々まで覚えていた。






2017/10/18 今昔




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