『飛べ飛べ、とんび。空高く』


またしても聞こえてきた耳慣れぬ歌声に、リドルは僅かながらに苦笑してしまうのを抑えられなかった。
三年生になって選択授業がはじまり、一部に空き時間ができたことを、より一層のこと良かったと思える瞬間でもある。一年生の頃から仲が悪いことなかったが、それを深める良い機会だ。もっとも、スリザリンながら誰にでも優しい優等生であるリドルに、内心で蔑んでいる相手が居たとしても、仲の悪い人間は居ないのだが。

あれから少し、ミヒャエラ・カゲヌイについて調べてみたことがあった。
今日はそれを彼女の口から聞き出してみたいと思う。リドルの掲げる壮大な理念のため、彼女が利用できるのであればそれにこしたことはない。ミヒャエラもリドルと同じように、様々な人間を魅了してやまないのだから。

リドルは”室内の東屋”の前でミヒャエラが歌い終わるのを待つと、小さく拍手をしてから中へ入った。


「ここで会うのは三日ぶりかな、カゲヌイ」

「あらリドル、来てくれたのね。今日も美味しいお茶と素敵な読書タイムをプレゼントさせてね」

「ありがとう。それと、さっきのは日本の童謡なのかい?」

「ええ、大空を舞うトンビを見て、高揚した日本人が書いたのでしょうね。一度故郷へ戻ることがあったら、魔法界のカメラでこの歌の情景を撮ってきてあげるわ。」

「楽しみだ。さっきの言い方だと、夏休みには帰宅していないんだね」

「親族は皆、仕事で忙しいので迎えに来られないのよ。流石に子供一人でこんな遠くから旅をするわけにもいかないし」


他愛もない話から、カゲヌイの家の状況を少しでも聞き出しておきたい。今後、リドルの目標を達成するために彼女の存在が必要となるかもしれないから。


「それに、私はあまり魔力のコントロールが得意ではないから、恐らく感情が昂ぶると駄目になってしまうのよ」


学校にはいる前の子供であればよく聞く話だが、この年令になって制御が効かないことがあるという事例は、リドルもはじめて聞いた。精神的な未熟さから、幼い子供は呪文も杖も理屈も抜きにして、魔法を行使してしまうことがある。リドルもそのうちの一人だ。
あの忌々しき孤児院でのことがふと脳裏をよぎった。


「私はもともと魔法使いではなく霊能力者の家系だから、魔力よりは霊力の方が使いやすいのよね」

「霊力?」

「ええ。魔法力とはまた別のちからのことよ。たとえば……そうね、リドルなら、他の人には言わないだろうから少しだけ見せるわ」


言って彼女は、お茶会用に魔法で出してた正方形の紙ナプキンを、半分に折り、更に半分に折り、時折隙間を開いて、また折ってを繰り返した。最終的に彼女の手のひらに乗っていた紙は、鳥の形になった。リドルもこれは聞いたことがある。東洋の折り紙だ。
彼女は紙の鳥にふっと息を吹きかけると、宙に放った。

するとどういうことだろう。まるで魔法を使ったような感じはしなかったのに、その鳥はぱたぱたと羽ばたいて、”室内の東屋”をくるくると飛びまわるではないか。リドルは目を見開いた。


「これは一体……変身術かい?呪文学かい?一体何の応用を…」


もしくはその両方かもしれない。そう思った感情が顔と声に出てしまうほど、驚いた。
そんなリドルをさらりと無視したミヒャエラは、更にナプキンで折り紙をし、もう一羽の鳥と、うさぎ、亀、かえる、蛇と様々な生き物を作り出しては、息を吹きかけた。息を貰った紙はまるで生きているかのように動き出し、東屋の中はちょっとした動物園のようだ。


「日本ではね、呼気、息のことを『自らの心』と書くのよ。」


ミヒャエラは羽ペンで紙ナプキンに「息」と書いた。


「だから、私は息を吹きかけることで紙に私の霊力を分け与えて、動けるようにしてあげたの」

「魔力を分け与えるような…そういったことか」

「分霊箱の下位互換……とはまた少し違うのだけれど、うーん、西洋の文化で例えるのが難しいわね」


面白い。
リドルは学術の面でも、そして将来のことを考えても彼女のこの能力は大変に面白いと感じた。魔力を消費せずにこのように術を使うことができれば、戦術の幅が拡がる。恐らくは魔法の強制終了呪文でもこのミヒャエラの生み出した動物は止まらないだろう。リドルが許可を得て試しに唱えても、やはり紙の動物たちは動き回っていた。

これは大変良い拾い物をしたのではないだろうか。
リドルはミヒャエラのことをどうやって籠絡し、どうやって活用するか考えなくてはと、頭を回転させたのだった。







2017/10/12 今昔




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