『とおりゃんせ、とおりゃんせ。ここはどこの細道じゃ』


トム・リドルは、聞きなれない単語に足を止めた。
今は都合よく空き時間で、いつもまとわりついてくるうるさい女子生徒たちも居ない。だから人通りの少ない、まるで普段生徒たちが通る場所からあえて隠されたように存在するこの小さな”室内の東屋”で読書でもしようかと思っていたのだ。
けれど歌が聞こえる、ということはゴーストなり生徒なり、誰かしらがそこに居ることになる。せっかく一人の時間を持とうとやってきたのに、それでは全く意味がない。


「あら、ごめんなさい。私ったら邪魔をしてしまったのかしら?」


聞こえてきた声は明らかにこちらに向けられた内容であり、リドルは慌てて優等生の仮面を取り出すと”室内の東屋”へと足を踏み入れた。
円形状で木製の壁と、そこに作られたベンチ。中央には円形の木製テーブルが備え付けられている。外の様子がはっきりと見える窓には蔦がまとわりついているが、年中花が咲いているため陰気な感じはしない。

その中で振り返った少女は、リドルもよく知る人物であった。
同じスリザリンの寮生で、ちょっと変わった渾名で呼ばれている東洋人。


「やあ、カゲヌイ。君も空き時間なのかな」

「そうよ。もしかして、リドル、あなたってば一人になりたかったんじゃない?お邪魔なら場所を変えるし、面倒でないなら読書とお茶を一緒にいかが?」


場所を変えたら人に聞いてもらえるから、それもまた悪くはないのよ、と思い出したように付け加えたのが、ミヒャエラ・S・カゲヌイ。同級生で同じ寮生。
日本からホグワーツへやってきたという彼女に、東洋人を見慣れなかった一年生の頃は、様々な男子生徒が声をかけに行っていたように記憶している。更に言うのならば、聖歌隊に入った彼女の歌声はとても美しく時に感傷的であるのに、日本の童謡を歌う声は蠱惑的であり背徳的でもあり、聞いていると背筋に興奮の震えが走ると有名だ。
恐らく、先ほどのそれも、日本の童謡だったのだろう。


「君は他の女の子たちとは違う、そうだろう?」

「そうね。あなたの素敵な顔面に興味はないわ。素敵な声になら興味があるけれどね」


暗に読書とお茶を了承したリドルに、彼女もまた腰掛けると杖を取り出して紅茶と茶菓子を取り出した。それから、ティーポットとは別に、見慣れぬ陶器製のヤカンのようなものも現れた。


「これは?」

「優等生でも知らないことがあるのね」

「意地悪をしないで教えてくれても、損にはならないと思うけれど」

「これは日本のお茶よ。紅茶とは少し、茶葉を収穫してからの手順が違うから、緑色のお茶になるのよ。興味があるのなら飲んでみる?」


日本のお菓子と一緒に差し出された緑色の液体を口に含めば、コーヒーとはまた異なる苦味と、後からはすっきりとした口内の幸福感が残った。出されたお菓子は羊羹と言うらしく、お茶との相性は日本文化に馴染みのないリドルでも最高であると分かった。

その様子を見てにっこりわらったミヒャエラは、ベンチにおいていたらしい本を取り出すと「お茶が欲しくなったら私が淹れるから、いつでも言ってね」と言うとしおりのページを開いた。

リドルとしては、自分と一緒に居ながらもこうして落ち着いた態度で対応すること、そして不思議なあの歌と、それから纏う空気。普段寄ってくる女の子とは全く違うそれが、とても安心できることに気づいた。
もとより、一年生の頃から面識はあるし、魔法薬学では一緒に調合をしたこともある仲だ。他の女子生徒からの嫌がらせを受けたことがあるかもしれないが、それを微塵も感じさせない。興味を持った、というと上から目線だろうか。そんなことを思いながら、リドルはお茶と読書を楽しみ、時間になるとミヒャエラにお礼を言って立ちあがった。


「カゲヌイ、お茶をありがとう。久々に静かな読書を楽しめたよ」

「良いのよ。私もリドルとなら読書が楽しいわ。またお茶が飲みたくなったら教えて。私も大抵ここに居るの」

「ありがとう。三年生になって空き時間ができたからね、よければまた誘わせてほしい」

「勿論よ。ただし、他の女の子にはバレないように、ね」


そうやっておちゃめに笑ったミヒャエラは、スリザリンらしい悪戯な笑顔でありながらも、清く正しく見えた。それこそが、彼女が「東洋の歌う姫君」と呼ばれ、スリザリン以外の生徒からも親しみを覚えられる理由なのだろう。









2017/10/11 今昔




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