「グリフィンドール!」


帽子が高らかに告げたその寮に、大広間中が一瞬音を消した。そして組分け帽子が何か間違ったことを言ったか?とでも言いたげにマクゴナガル教授をちらりと見ると、慌てて教師たちが拍手をした。寮を告げられた黒髪の少年は得意げにグリフィンドールのテーブルへと歩いて行くが、きっと学校中の誰しも、ゴーストすらもがこう思っただろう。


「なんでシリウスがグリフィンドールなの…?」





「相反する拒絶反応」




アナスタージア・S・カゲヌイ。
母には偉大なる東洋の魔女ミヒャエラを持ち、父はホグワーツ史上唯随一と言っても良い程の優等生であったトム・リドル。そして何よりも、そのSというイニシャルに秘められたものを知る者からすれば、彼女の存在はとてつもなく大きい。

そのアナスタージアは、泣き出す三秒前で止まっていた。組分けを待っている一年生の列から飛び出して、今のシリウスの組分けは間違いなんでしょう?と大声で問いただしたい。
幼い頃から共に育った、いうなれば幼馴染であるシリウスがグリフィンドールに組み分けられたことで、もしかしたら私もグリフィンドールになってしまうのでは?という不安がこみ上げてくるのだ。
別にどの寮に入ったって構わない。そう両親には言われてるし、純血を重んじる家系があったり、それでもマグルとの混血が居なくては魔法族はとうに絶滅していたであろうことも分かっている。だから幼馴染でもあるシリウスが居るグリフィンドールになったって問題は無いはずなのだ。

けれど、どうしても。
兄の友人であるグリフィンドール生に会った時に感じた「直情的な馬鹿、または阿呆」という印象が強すぎて、嫌悪感が先に出てしまう。

シリウスの場合も、純血主義であるブラック家のことを息苦しく感じていたようだし、正義感が強いとも言えるが直情的で短気にも思える。つまりは彼はなるべくしてあそこへ入ったのだろう!そうだ、だから私は大丈夫!!


「S・カゲヌイ・アナスタージア!!」


他の人たちはファミリーネームから呼ばれるのに、アナスタージアはミドルネームから呼ばれる。きっとホグワーツ創始者の名前への礼儀なのだろう。
アナスタージアは素直に帽子をかぶった。


「これはこれは、久しいなあ…君のお兄さんは被った途端に自分でスリザリンと叫んでいたよ。」

「…そ、それは……兄がご迷惑をおかけしました…」

「謙虚で勤勉、レイブンクローでも上手くやれそうだ。他者と自分との違いを受け入れることもできる。これはハッフルパフに向いている。…気長で勇敢さも持ち合わせているが…」

「私ってばどこでも入れちゃう?」

「そうだね。しかし君は、その身に受け継ぐ血脈を誇りに思い、決してひけらかすことはない。名に恥じぬ立ち振舞ができるだろう。迷える者の道標となるために−−−−スリザリン!!」


ほっとしながら帽子を取ると、スリザリンはお祭り騒ぎだった。
兄のブラッドフォードに続いて古から続く名家の子を迎えたのだから、当然のことではある。周囲からの視線も納得に満ちたものであった。


「はじめまして、監督生のルシウス・マルフォイだ。お見知りおきを」


テーブルを開けて待ってくれていたのは、真面目そうで洗練された立ち振舞のプラチナブロンドがとても綺麗な青年だった。物腰も穏やかで長椅子だというのにアナスタージアが座るまで隣で立って待っていてくれることを見ても、さすがはマルフォイ家のご子息といった立ち振舞だ。

マルフォイ家といえば古き良き純血家として名高いし、アナスタージアの父を通して交流があるとも言える。つまりは積極的に友好関係を築くべき相手ということになる。


「はじめまして、ミスター・マルフォイ。アナスタージア・カゲヌイです。どうぞよろしくお願いいたします。」

「ええ、分からないことは何でもお聞きください」

「ありがとうございます。あー、でもまずは、ホグワーツのお料理で何が美味しいのか、ミスター・マルフォイや皆さんの感想を教えてくださいません?我が父が覚悟して食べるようにと言っていて…」

「ふふっ、ユーモアのある方で良かったわね」


ルシウスと同時に座ると、反対側に居た女性が声をかけてきてくれた。こちらもどうやら6年生か7年生のようだ。


「私はスティラ・バジリア。ルシウスとは同窓で五年生なの。」

「はじめまして、ミス・バジリア。」

「私も監督生だから、何か困ったことがあれば教えて頂戴。」

「ありがとうございます」


スティラはこれぞ金髪!という綺麗な髪の毛をひっつめて小さなピアスをつけた、監督生らしくも流行を追うことも忘れない女の子らしさも感じさせた。5歳年齢が離れているだけでこんなにも大人っぽく感じるのかと、アナスタージアはあと少しで彼女をまじまじと見つめてしまうところだった。

アナスタージアはその後もスリザリンに組分けされてきた同学年の生徒や、間違いなく純血の血筋「聖28一族」の出身者たちと会話することに成功していた。これは父からも厳しく言われていたことだ。
その中でアナスタージアが会話が弾むと思ったのはルシウスとスティラを除けば、同学年のセブルスという少年だった。寡黙で冷静そうな面立ちだけれど、ホグワーツでの授業を楽しみにしているらしく会話は途切れることはなかった。けれど周囲が血筋の話をチラとしている時、少しだけうつむいていたことから、彼はどうやらマルフォイ家や他の純血一族のように誇れるような純血家ではないようだ。


「スネイプ、そのアップルパイを一切れ取ってもらえるかしら?」

「……そんなに夕食を摂って眠れるのか?」

「大丈夫よ、今日はホグワーツ特急でほとんど何も食べていないのだから。薬草学の教科書を読み直していたら、気づいたらホグワーツ駅だったのだもの。」

「勤勉なことだ。……ところでカゲヌイ。君の御母上の著書を読んだ。」

「そうなの!?もしかして『マグル薬学と魔法薬学の類似点と相違点』?もしかしたら『闇の魔術から身を護る、闇の魔術で身を護る』?『マグル生まれ魔法使いと魔法族生まれのスクイブ』」

「『マグル生まれと魔法族生まれ』も読んだ。あれは興味深い。だが一番感銘を受けたのは『闇の魔術』だ」

「あれ、面白いわよね!私が言うのもなんだけれど、なんとなく遠慮すべきとされている闇の魔術についてああも詳しく解説しているのに、あれを読んでも決して法に触れるような魔法は使えないの。本当に護身術の本として成り立っているわよね」

「相手の呪文をしっかりと聞き取ることの重要性、それに伴う語学の重要性、そして無言呪文がどうして有用なのかという章が面白かった。」


アナスタージアがアップルパイを一口かじっただけで放り出して喋っていると、スネイプの反対側からルシウスが口を添えた。


「あの章を読めば、ホグワーツで習う変身術や呪文学が圧倒的に楽になるだろう。入学前に読み終えているとは、アナスタージア嬢もスネイプも見どころがある」


聞いたスネイプは嬉しそうに頬の緊張を緩めていた。それはこの短い間で、いや、アナスタージアが覚えている限りこの一年で見た唯一の笑顔らしき表情だった。

スネイプを笑顔にしたルシウスの言は、母が書いた著書をこれ以上なく褒める言葉であるにも関わらず、余計な装飾を行わないシンプルな言葉で、周囲で聞いていたスリザリン生みながほっと感嘆の息をついてしまう程のものだった。アナスタージアが見る限り、この場に居た読了後の生徒は素晴らしい感想に言葉もなかっただろうし、手にとったことが無い生徒は必ず読もうと図書館へ思いを馳せただろうし、手にとったのに読まなかったという生徒はいつぞやの行動をひどく悔やんだことだろう。
言葉の内容もさることながら、マルフォイ家の長子が言う言葉というのはそれだけの重みがあるのだ。もちろんこの重みには、マルフォイの血というものもあれば、ルシウス本人が今まで培ってきた信頼という重みも含まれる。周囲の反応を見るだけでも、彼は相当に信頼されている人間だということがよくわかった。

アナスタージアも知っているのだ。
純血である我々には、人の上に立つための資質を磨きあげ、決して驕ることなく成すべきことをスマートに行う必要があることを。

純血は希少種だ。マイノリティだ。つまり守られるべき立場であるはずである。しかしながら、純血というのは馬などのサラブレットと同じ原理で、大抵の場合において魔力が高い。
魔力の量はお互いに推し量ることができるので、それはなんとなくの上下関係を生み出していく。例えばグリフィンドールの生徒がスリザリン生を嫌っていても、決して侮っていないのが良い証拠だ。これは兄のブラッドフォードがよく言った言葉だが、


「純血はただの事実でしか無いが、純血を貫いていくことと、それに必要様々な強さは己の手で得たものだ。マグル贔屓が嫉妬するのは、強さを手に入れるための心意気が無いからだろう」


早々にして兄のこの言葉を思い出したアナスタージアは、このルシウスのように、周囲が思わず耳を傾けてくれるような人間になろうと密かに心に決めた。







2019/02/11 今昔



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