クリスマスパーティは、結局のところ参加することはできなかった。
医務室のベッドに括り付けられたということもあるし、霊力の暴走を知った日本の実家から使者がやってきてその対応に追われたからということもある。そんなこんな、ミヒャエラにとっては至極どうでも良い面倒なことをしている間に年越しを迎えてしまったのだ。


新学期がはじまったころ、ようやくミヒャエラは医務室から開放された。


トム・リドルという男性は、ミヒャエラにとって大変に把握しづらい人間であった。
最初は同じスリザリンで眉目秀麗、文武両道で大変おモテになる同級生という認識でしかなかったはずだ。それが三年生になったとある空き時間、うっかり歌声を聞かれてしまったことに焦りながらも何でもないように装って、一緒にお茶をしてみた。それから何故か彼は二人のティータイムを気に入ったようで、時折一緒にお茶をする機会が徐々に増えていった。元から同じ寮なので教科の時間は被っているし、奇遇にも取っている教科もほぼまるまる同じなのだ。一週間の間に二人で会う時間は、気づけば三回ほどにまで増えていた。

彼との会話は楽しい。よく弾むというほどではなく、時折心地の良い沈黙を挟みながら、中身の詰まった有益な話であることが多い。それは学問的な意味でもあり、誰と誰の家がという家系的な話でもあり。
そんなリドルとの会話はミヒャエラにとって大変に新鮮だった。
大抵は東洋人という物珍しさから話しかけてくるか、はたまたカゲヌイという家柄に惹かれるか、極稀にミヒャエラの歌声が好きだという人が居るくらいだ。そういう欲求の類を一切感じさせずに話してくれる相手というのはリドルがはじめてであるように思えたのだ。


「こんにちは」

「リドル、今日も会えたわね」

「何を言っているんだい?いつものことじゃないか」


彼にとって、二人の時間が「いつものこと」になっていることが凄く嬉しい。
クリスマス前のデートからというもの、どうしてかリドルに対して接し方が柔らかくなっている自覚がある。それこそミサピノアにからかわれるくらいには。


「そう言えば、君はミサピノア・ブラックと同室だったよね」

「ええ。ミサは私に英語を教えてくれた恩人よ」

「ブラック家については日本でも有名だろうけれど、これからも友人としてだけじゃなく、家どうしの付き合いが出来るように取り計らってみたらどうかな?ミス・ブラックは美人というだけでなく魔法力もある」

「そうね。ミサは美人だという話をしたら、父が大変に乗り気なの。いつか両親をこちらへ旅行に招くか、ミサを日本旅行へ招待できれば良いのだけれど」


そんな、大切な友人の話をしているにもかかわらず。リドルの口から他の生徒の名前が出るのが嫌だと思うようになってしまったのは、一体いつからだったろう。
リドルが先生からもスリザリン生からも他の寮の生徒からも一目おかれる、優等生であることは理解している。交友関係がとても広く、誰にでも分け隔てなく接してくれることも。きっと彼にとってはそんな行動は当たり前のことで、そんな「いつものこと」としての一環にミヒャエラを組み込んでくれただけのことだろう。

辛い、と思う。

とても、苦しいと思う。

毎日約束をしているわけではない、来るか来ないか分からない人を待ってしまう。
私の歌声を好きだと言ってくれた人。皆に優しいリドル。けれど時折見せる、ミヒャエラの前での意地悪な顔。そのどちらもが魅力的だと思う。願わくば、このまま約束もないのに会いに来てくれる、そんな確信が出来る相手になりたい。
幸いにもリドルは、誰と付き合っているだとか浮ついた話は無い。


「ところで、君はいつも癒術の本を見ているね。癒者になりたいのかい?」

「ええ、それもあるわ。癒者は憧れよ。でもね、私が興味を持っているのは……あー、リドルは好きじゃないかもしれないけれど、マグルの医学なのよ」


言うと、他の人の前では見せない歪んだ表情があらわれる。マグルを嫌う他のスリザリン生と同じような、嫌な光を灯した瞳だ。


「マグルを保護したいという気持ちはないのだけれどね。彼らは魔法生物や魔法界の植物を知らない。けれどマグルのお医者様は癒者と同じように病気を治療するという行為ができる。もし万が一、どうしても魔法が使えない状況になったら、参考になると思っているの」

「……君は、何か特殊な状況に陥る可能性があると思いっているのかい?」

「私の両親はね、陰陽師と呼ばれる、こちらで言えば闇払いのような人間なの。だから、いつ何があっても良いように、知識を詰め込みたい。知識を持ち歩いてもかさばらないでしょう?」

「面白い考えだな。君はレイブンクローも良かったんじゃないかい」

「帽子に聞かれたわ。どこでもやっていけるって。でも、何だったかしら……確か『スリザリンという場所で、光り輝く必要があるだろう』と言われた気がするわね」


遠い記憶の中で、あの古びた帽子は確かそう言ったような気がする。他の生徒と組分け帽子に言われた内容の話をすることなんて無かったので、三年生の半ばになる今まですっかり忘れかけていた。
リドルは感心したようにため息をつくと、緑茶を一口、喉を潤して続けた。


「光輝くか。もしかしたら歌手にでもなるのかもしれないね」

「こっちの歌謡曲は難しいから、デビューするなら日本の曲が良いわ」


言ってミヒャエラは、先ほどまで胸を埋めていた思いを吐き出すようにうたった。突然のことにも嫌な顔をせずに、しかも知らない日本の曲を聞いてくれる。
口からこぼれたのは、日本でも有名な歌劇団が歌う舞台の上から愛を伝える歌だった。









2017/10/12
修正 2018/12/25 今昔
ファンタビで過去編が進むに連れ、当連載との差異が発生してしまうかと思います。
一度ファンタビをじっくりお勉強するため、すでに書いてある続きを書き直しておりますので少々お待ち下さいませ。




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