放たれた二種類の呪文に、いかにミヒャエラが優秀であろうと対応は出来ないだろう。そう思ったリドルがミヒャエラを引き寄せた時、不運には二人の紙袋に麻痺呪文が炸裂した。
舞い散る布と紙に、リドルはカッと体温があがったように感じた。昔、孤児院で思いのままに魔法を使っていたときのような、体内に巡る血が熱くなったような、そんな感覚だ。けれどまずはミヒャエラの無事を確認しなくてはと、顔を覗き込んで驚いた。瞳が猩々緋色に染まっていたのだ。


「ミヒャエラ…?」


大きく悲鳴をあげたミヒャエラの周囲から、とてつもない勢いで魔法力が流れ出す。幼少期の暴走の話はちらりと聞いていたが、これでは魔法力が尽きて気絶するどころか、今後一切魔法が使えなくなってもおかしくはない量の魔法力の奔流だ。
周囲の生徒たちも異変を素早く察知して後ずさり、広くなった人の輪の中にはリドルとミヒャエラ、それからブリトニーだけが残った。ミサピノアはブリシュウィックが抱えて下がったので無事だろう。


「一体何事じゃ!」


ホグズミードから帰ってきた生徒たちの人垣を割って、階段から教師たちが降りてきた。先頭にはリドルの嫌いな長い白ひげが見える。ダンブルドアだ。
その間にみミヒャエラの周囲には目に見えない風のようなものが吹き荒れ、散り散りになったドレスと紙袋の残骸が巻き上がる。それはひとつの筋になり、意思を持っているようにうごめいた。そう、まるで蛇のようだ。とんでもなく大きな、蛇のようなのだ。
リドルの腕の中に居るミヒャエラの目は、何も映していない。ただ真っ赤に輝いて、いつもは愛くるしく歌う唇からはふつふつと何か呟いているだけだ。


「先生助けてください!突然カゲヌイが暴れだして…!!」

「嘘をつかないでください!」


思わずリドルが怒鳴ろうとすると、今度は背後の人混みからミサピノアが飛び出してきた。慌てて後ろからブリシュウィックもついてくる。
毛を逆立てた猫のように怒るミサピノアは、流石のリドルでも恐ろしく感じた。正直なところ、ミヒャエラの魔法力の奔流が生み出した蛇と同じくらいには恐ろしい。


「ミヒャエラは被害者です!」

「嘘よ!!私達のほうが被害者だわ!」


嘯くブリトニーに呼応したのか、ミヒャエラの周りをうごめいていた蛇が威嚇するようにシャーっと口を広げた。


『焔よ、我に従え』


聞きなれない言葉の直後、緑色の蛇が一気に赤く染まった。燃えたのだ。紙と布で出来た蛇は燃え上がり、ブリトニーたち手を出してきた女子生徒へ襲いかかる。


「フィニート・インカンターテム!」


ダンブルドアが杖を手に唱えるが、何もおきない。多少風は弱くなったように思う。その程度。それもそのはずだ。これは魔法ではないのだから、魔法の強制終了など効くはずもない。


「きゃあ!!」

「なによこれ!全部ブリトニーのせいよ!」

「もうやめて!」


悲鳴をあげる少女たちに、ミヒャエラの口角があがったように見えた。
リドルは理性の切れたミヒャエラを見て大変好ましく思った。とてつもない威力を誇る魔法でない何かは魅力的で、それを使っている彼女が自分に害をなさないという事実が嬉しい。しかしダンブルドアの前ではそれは大変好ましくない。


「ミヒャエラ、落ち着いてくれ!ドレスはまた選びに行こう!緊急事態だ、先生方も許可してくれる!そうでなくとも魔法で直せるかもしれないだろう!」


うごめく蛇と風に負けないように言うが、ミヒャエラはこちらへ視線を向けただけで動かない。代わりというように蛇は暴れたままだ。
怒りのあまりに理性が吹き飛んでしまっているのなら、いっそ気絶でもさせた方が良いだろうか。しかしダンブルドアという面倒な狸爺が見ている前では、女子生徒に乱暴をするのはいただけない。なにか、強いショックを与えるのが一番だろう。


「憎まないでくれ」


リドルはこの騒動を治めるべく、ひとつの手段を思いついた。それはできれば使いたくないし、今後の学生生活がかかった重要な手段だ。ミヒャエラを確実に囲い込むためにとって置きたかった手段であるし、これをすることによって今後の友好関係が危ぶまれるということもある。
しかしそれらは全て、この状況を打破できた場合に心配すべきことだ。


「ミヒャエラ、好きだ。君となら何を着て行ったって構わない。もう一度君のためにドレスを選ばせてほしい。」


ミヒャエラの両頬を両手で包み、リドルは唇を塞いだ。
きゃあ!と女子生徒たちから先ほどまでとは違う悲鳴があがる。それもまた蛇の攻撃による恐れの悲鳴でかき消された。リドルは深く口付けて、自分の鼻と親指でミヒャエラの鼻を塞ぐようにした。勿論、ミヒャエラが理性を戻して音をあげるか何かするまで離してやるつもりはない。

数秒ののち、リドルは自分の方へストンとミヒャエラの体重が乗ったのを感じた。
彼女が崩れ落ちるようにしてリドルの腕へ収まると、宙を舞っていた燃える蛇もまたただの紙と布へと戻った。ただし燃えていたので、ダンブルドアがすかさず魔法で火消しをしている。

魔法力と霊力の使いすぎで気を失ったらしいミヒャエラは、リドルの腕の中ですやすやと目を閉じている。それに安心し、そして彼女の魔法力が失われていないかと心配になった。


「ミヒャエラ!」


ミサピノアがやってきたので、ミヒャエラの残っていたカバンをお願いすると、リドルは彼女を横抱きにして医務室へと向かった。ここでは生徒たちの視線が痛いし、何よりミヒャエラをこれ以上晒し者にしたくはなかった。
ダンブルドアをはじめとする教師たちへの説明はどうしようかと思ったが、それはブリシュウィックとミサピノアが引き受けてくれた。ミサピノアは相当怒っていたようで、「インカーセラス」を唱えて縛り上げた他寮の少女たちを冷たい目で見下ろしていた。

もともとダンブルドアだけがリドルに目をつけていたが、今回のこれについては目撃者も多く、誰もがリドルとミヒャエラを被害者だと分かっている。
去り際に周囲を心配し、ミヒャエラを医務室へ連れて行くと心底不安そうな顔で言えば、誰もがリドルとミヒャエラの味方だった。





2017/11/08 今昔




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