ミヒャエラはリドルとの約束通り、ホグズミード行きの馬車に乗っていた。いつもより少しだけおめかしをしているのは、同じくデートだと言うミサピノアに化粧をすべきと言われたからで、ミヒャエラ本人がリドルとのデートを心待ちにしていたわけではない。断じて。

馬車の台数は限られているため、行き帰りはいつもの四人で乗っていくほうが効率的だというブリシュウィックの案で、四人はホグズミードへ向かった。馬車を乗り降りるときからブリシュウィックのエスコートははじまっており、「それじゃあ、帰りに、また」と言うとあっという間にミサピノアを引き連れてホグズミードの街中へ消えてしまった。
あまりの手際の良さにミヒャエラだけでなくリドルも、驚いたような呆れたような顔をしていた。


「それじゃあ行こうか」


言われて出された手を一瞬見つめたが、この人混みでははぐれる可能性もある。何と言っても、三年生以上のホグワーツ生がほとんど来ているのだ。さほど広くはない街の中、マグル生まれで上手く許可証のサインをもらえなかった生徒や、課題に追われる先輩、行きあきた先輩が来ていないだろうな、という程度で、視界は着飾ったホグワーツ生で埋め尽くされている。
目撃者も多くなってしまうだろうが、リドルとはぐれて手間や心配をかけてしまうほうが嫌だった。


「そうね。最優先でドレスとローブを見ても良いかしら」

「勿論。その後はバタービールを飲みに行くか…はたまた裏路地にある『魔女リリアンの喫茶店』かどちらかかな」


そう笑うリドルは優等生の笑顔を浮かべているが、瞳をしっかりと見ればミヒャエラを映して少し見下したような色をしているのが分かる。リドルはもしかしたら、ミヒャエラを所有したいと思っているのかもしれない。最近メンタルヘルスの本で読んだ「年頃の男の子は、気に入ったものを側へ揃えることで所有欲や支配欲を満たす」というような話が頭に浮かんだ。

ホグズミードにも魔法使い向けの洋装店がある。ミヒャエラとリドルが事前にスラグホーン先生へ聞きに行っておいたのだ。やはりと言うべきか、クリスマスのローブやドレスを選ぶために何人かの生徒がやってきていた。
クィディッチの試合で見たことがあるレイブンクローのビーターとその恋人らしき少女。図書館でよく出会うハッフルパフ生とマダム・ピンスと仲が良い生徒。他にも二組ほどのカップルが来ていたが、どれもが年上で近くても五年生くらいのようだった。ミヒャエラたち三年生よりも年上の先輩たちのほうが、一緒にドレスを選ぶくらいにカップルの仲が進んでいるということだろうか。なんだかミヒャエラは自分たち後輩がやってくるのは場違いなような気もしてしまった。


「さて、ミヒャエラには何色が似合うかな」


今からではやっている時間などないが、このお店「スーザンのスタイル・ステイ・ショップ」ではオーダーメイドも出来る。更に店主が作ったらしい既製品のドレスもたくさん用意されており、その中から選んで買うこともできる。他のカップルたちと同じように、二人は10近くもある円形のハンガーラックに近づいた。
ハンガーラックは色合いごとになっているらしく、サイズは魔法やお裁縫である程度修正が効くようだ。「体に合わせてフィットする新素材」と書かれたドレスもいくつかあった。


「僕達はスリザリン生だから、やっぱりダークグリーンが良いかな。ああでも、ミヒャエラの黒髪にはワインレッドも似合いそうだ」

「リドルは瞳が紅いから、深いグリーンに赤いブローチの組み合わせも、クリスマスカラーで良いかもしれないわね」

「え?」

「あら、ゴメンナサイ、瞳のことはタブーだったかしら…」


驚いてリドルを見れば、ダークグリーンのプリンセスラインに襟元には銀糸でアジアンテイストな刺繍が施されたドレスを手に、ミヒャエラと同じくらい目を見開いていた。


「普段は黒い瞳だけれど、時折赤くなるわよね。私と同じだと思って」

「ミヒャエラも、そう……なのかい?」

「ええ。昔から。前に少し話したと思うけれど、感情が昂ぶって魔力の制御ができなくなったときなんかには、瞳が真っ赤だと言われたわ」


昔驚いて金切り声をあげた母親のことを思い出しながら言うと、リドルは安心したように微笑んだ。もしかしたら、魔法使いの中でも特異なこの体質について自信を持って話すことができていなかったのかもしれない。


「そうか、じゃあやっぱりダークグリーンに赤いブローチで決まりだ」


言って生き生きとドレスを選ぶリドルは、ダークグリーンとモスグリーンの布地を交互に使ったスカートに、ダークグリーンに黒い紐で背中を編み上げるマーメイドラインのドレスを選んでくれた。ちょうどヘソのあたりには銀糸で凝ったデザインが刺繍されている。左足は膝くらいまでの丈だが、右足側は床に触れるかどうかといった左右非対称なデザインだ。靴は編み上げに合わせて黒いものを選び、後付で赤い大きなとんぼ玉を付けてもらった。同じとんぼ玉を使った髪飾りもだ。
ミヒャエラはリドルのローブには、燕尾服のように背中が長いジャケットはダークグリーンで、パンツ部分が黒くスタイルの良いリドルにあうように細身のデザインだ。追加料金はかかったが、ミヒャエラのドレスと同じ刺繍を彼のジャケットにも施してもらった。ミヒャエラの髪飾りと同じものをもう一つ用意し、リドルのブローチとしてつかえば、完璧なペアルックだ。

二人はその場で支払いを済ませるとドレスとローブを紙袋に入れてもらい、それから『魔女リリアンの喫茶店』へと向かった。スリザリン生のアブラクサスから聞いていたその店は、ミヒャエラを魅了するには十分すぎた。
グリフィンドールカラーであるはずの赤を基調とした内装ではあったが、大半が木目調とあわさっており、更にはアクセントとして真紅があるもののベースはワインレッドだった。ホグワーツ生が多く来ることを見越してか、獅子や蛇、穴熊や蜂をモチーフにしたものも多い。
二人はそれぞれコーヒーと紅茶、それから軽食を頼むとクリスマスパーティへの期待や、先ほどの洋装店でみたカップルのことを話し、それからいつも通りの他愛ない会話でもりあがった。

ひとしきり会話を楽しんだ後はハニーデュークスでお菓子を買い込んでから、ミサピノアとブリシュウィックと合流し、馬車へと乗った。随分楽しんだ様子の二人は、行きは男女でそれぞれ隣り合っていたはずが、帰るは当然のように隣同士に座り、ミヒャエラもまたリドルと隣に座ることになった。目の前の二人がこちらなど目に入っていないように手をつなぎ、熱い視線を交わしている。


「本当に、お熱いことね」

「あら、ミヒャエラだって、随分とリドルと良い感じだわ。それ、スーザンのスタイル・ステイ・ショップの紙袋よね。二人ともお互いのドレスやローブを選んだの?」

「そうなんだ。ジンボとブラックは、何かクリスマスの衣装は選んだのかい?」

「ああ。俺たちはおそろいでスカーフを付けることにしたんだ。服は家から送ってもらうことにした」

「なるほど、流石は貴族育ち。」


ふざけたように言ったリドルに、ブリシュウィックとミサピノアはくすくすと笑い声をあげた。



四人は他愛のない話をしながら、ホグワーツへと帰還した。両開きの大きな扉から入って、少しして地下へと降りる階段へ向かうはずだった。しかし、何事かあったのか周囲の、主に女子生徒がざわざわと騒がしい。


「何かあったのかしら」


ミサピノアが好ましくなさそうに言うと、ブリシュウィックが彼女のその細い腰に手を回した。リドルもミヒャエラも警戒し、思わず上着の下に入れている杖の位置を確認した。
二人が杖を確認しおえた時、前方の人垣を割るようにして少女が現れた。


「ごきげんよう、ミス・カゲヌイ」

「……ごきげんよう、ミス・アンビション」


綺麗な金髪を、今日も三つ編みにしている彼女には見覚えがあった。ありすぎた。ブリトニー・アンビション。以前リドルの隣に居るミヒャエラが面白くなくて、突っかかってきたひとつ年下のレイブンクロー生だ。背後にはレイブンクロー生だけでなく他寮の生徒が居て、先ほどの洋装店で見かけた顔もある。


「イモビラス!」

「プロテゴ!!」


突然放たれた呪文に、ミヒャエラは杖を構えることなく叫んだ。
盾の呪文に弾かれたブリトニーの動きを封じる呪文は完全に消失し、ミヒャエラの数十センチ前で火花が散ったのみだった。杖を持ったまま悔しそうに顔を歪めるブリトニーは、また息を吸った。
何が来るのか分かららないが、とにかくミヒャエラは杖を持ちながら呪文のために息を吸った。


「エクスパルソ!!(爆破せよ)」

「インペディメンタ」

「コンファンドっ!(錯乱せよ)」

「サルビオ ヘクシア(呪いを避けよ)」

「っ!!ロコモーター・モルティス!!(足縛り)」

「エクスペリ・アームス(武装解除)」


ブリトニーが何かを唱えると思った瞬間に、ミヒャエラは妨害魔法や保護魔法をかけていく。最初の杖無し魔法よりも、やはり杖を持っているほうが安定するようだ。二年生とは思えないほど強い魔法を連発しているせいか、ブリトニーは既に肩で息をしている。一方で、低学年ということを感じさせない威力の魔法を受け止めているはずのミヒャエラは、杖もぶれておらず冷や汗ひとつかいていない。
呪文が交錯するたびに、周囲の生徒やミサピノアがきゃっと声を上げるのが心臓に悪いくらいだ。
ミヒャエラはくるくると回って飛んできたブリトニーの杖をパシッと綺麗にキャッチした。


「何なのよ、あなた!!!」

「主語と述語をきちんと使ってくださるかしら、ミス・アンビション?」

「どうしてあなたがトムと一緒なのよ!日本人のくせに!このジャップ!」

「私一人を貶すことは構わないけれど、日本人という大きな括りで貶すのは頭が悪いのではなくて?仮にもあなた、レイブンクロー生なのでしょう?」

「うるさい!!うるさいー!!


叫んだブリトニーの周りの女子生徒が一斉に杖を取り出した。


「エクスペリ・アームス!」
「「ステューピファイ!!」」


打ち合わせてあったのだろうそれは、思いの外威力が強かった。かろうじて杖を手放すことはなかったが、武装解除に抵抗していたために、麻痺呪文への対応が間に合わない。
ああ、これは痛いだろうな。そう思った瞬間に杖腕とは逆の腕を引かれた。
リドルに引かれてかろうじて身体にダメージは無かったものの、目の前でふたつの紙袋がはじけた。

はらりはらりと、緑色の布地と茶色い紙切れがホグワーツ城の入り口に舞い散る。


「……いや」

「ミヒャエラ、無事か……おい、ミヒャエラ?」


リドルの呼びかけがどこか遠く聞こえた。
彼が選んでくれたドレス。彼のために選んだドレスローブ。どちらもそれぞれによく似合い、今からパーティが楽しみだった。二人だけ、この数多く居る生徒や教師の中で、リドルとミヒャエラだけがあの服を身につけることができるはずだったのだ。




「いやああああああああああああああああああっ!!」




ああ、私はこんなにも、リドルが大切な存在になっていたのだ。
そう気づいた時には、ミヒャエラの視界は真っ赤に染まっていた。








2017/11/08 今昔




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