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『それでは、超天空神、白き翼「アルクマーン」!曲はテレビ初登場、JEWEL!』


ライブの定番アイテムであるサイリウムと、前回のライブグッズでもあったリングライトが一斉に振られる。


「さあ、銀河一の羽撃きを、あなたに!」


煽るような露出の多い色っぽい衣装に、地球で言うところのKPOPに近いダンスチューン。どれだけ振り付けが激しかろうが、決して口パクはしないと誓っている。それではイシスが歌う意味が無い。生体フォールド波を会場へ目一杯広げる、なんてことは名目でしかなく、ただ客席が一体になって腕を頭を振ってくれるのが嬉しいのだ。
今この瞬間だけは私が絶対唯一の存在となれる。超銀河級の一等星。その輝きがあれば、きっと彼は見つけ出してくれる。






【05.空中騎士団】






どこまでも響いていくのではないかと錯覚させるような、風の歌。
遺跡との共鳴率や歌がもたらす効能を数値として表したものを見ながら、ウィンダミア宰相ロイドはハインツの歌声を聞いていた。正直、幼い彼に負担を強いることはしたくないが、現状でウィンダミアが取れる最上の戦法がこれなのだ。
自分とは士官学校時代からの知り合いであるキースの幼馴染には、王族とは連ならない血ながらも風の歌だと思しき歌い手が居たそうだ。今その人材を手に入れることができれば、ハインツの負担は半減できる。

しかしキースからは歌い手の居場所については「彼女は居ない」としか聞かされず、ただ過去に聞いた彼女の歌声がどれほど素晴らしいものであったかを語られるのみだ。朴念仁にも思えるキースがここまで執着しているとなると、よほどの歌い手ということは確かだろう。
そして騎士団の者が気づいていたようだが、忌むべき敵ワルキューレの中にもルンを持っているものが居た。そして気をつけなければ見えないが、先日の宣戦布告時のライブには、もう一人ルンを持つものが居た。フレイア・ヴィオンというメンバーではなく、もう一人。
研究のためワルキューレの楽曲を聞くなかで彼女のソロ曲も聞いたが、発している生体フォールド波はワルキューレと合わせた中でもトップクラスだろう。艷やかでありながら安っぽくない色気を感じさせる、それと同時に気高さまで感じさせるような歌声。陳腐な言葉では表現できない歌い手だ。


「共鳴率が下がってきている…」


そう呟くと同時に、遺跡の階段のうえで歌っていたハインツが倒れこんだ。
そうだ。ここはウィンダミアの遺跡なのだと、脳内に流れていた彼女−−アルクマーンことイシス・パティスーンの歌声をかきけした。
倒れてしまったハインツが従者たちに支えられて階段の下まで降ろされると、遺跡に埋まっている結晶の不思議な発光も止まった。両肩を上下させて息切れをしているハインツに、どれほどの負荷がかかっているのかを思い知らされる。


「ハインツ様、しばらく歌はお控えに…」

「それは困ります」


遺跡の一室に入ってきた声は、ロイドもよく聞き慣れたものだった。


「キース…その格好は」


パイロットスーツにヘルメットを持った格好の彼は、毅然とした顔つきで、いつものように表情が読み取れない。昔はもう少し分かりやすい性格だったとも思うのだが。


「敵の偵察隊が制風域に近づいていたので、排除してきた」

「そのような報告は受けていない」


キースはロイドの言葉など耳に入っていないかのようにその場に跪いた。その騎士として正しい態度がどれほどハインツの心を苦しめているだろうか。


「ハインツ様の歌声なくして制風権の確立はありえません。何卒、我らの胸に翼をお与えください」

「しかし…」

「構わない。それがぼくの責務だ。その代わり、一刻も早くこの戦争を終わらせてほしい。」

「必ず」


いびつにも感じる異母兄弟たちのやりとりに、ロイドはなんとも度し難いものを感じたが、ハインツが強がっている風にも見えなかったので口を挟むことはしなかった。
ふと、キースを見つめていたハインツが思い出したように口を開いた。


「そういえば、あのワルキューレという人たちの中に…姉様にとても良く似た人が居ました。なにか…なにかご存知ではありませんか、兄様」


ロイドは息を飲んだ。キースと同じく、ハインツも第二の歌い手と面識があるのだろうか。少なくともロイドにはハインツが「姉」と呼び慕う人間は他に心当たりがない。


「ぼくはまだ幼かったので、姉様の顔は写真で見たものの記憶がほとんどです。けれど、兄様なら覚えていらっしゃるでしょう?あの…イシス姉様のことを」

「確かに、あのワルキューレと共に歌っていた者の中に、イシス・パティスーンと思われる人物が居ました。汚れた歌の中に混じり、一筋の清涼な風が吹いていた。間違いないでしょう」

「姉様は…ウィンダミアの敵になるのですか?」

「いいえ。独立戦争の折にこちらへ帰る術を無くしただけで、心は今もウィンダミアの風とともにありましょう。それでなければ、あんな歌は歌えない」

「もう1つ、お願いができました、兄様」


ハインツは言うべきかどうか戸惑うような素振りを一瞬見せたが、それでもはっきりとした声で告げた。


「イシス姉様を、取り戻してください。」

「はっ、このルンと風に誓って」










惑星イオニデス周辺宙域にて、次の作戦が発令された。空中騎士団の存在も確認されているらしい。新統合軍のヴァール化も確認されているらしく、ワルキューレと共にイシスも出撃することになった。
美雲とフレイアはお互いを歌で刺激しあって生体フォールド波を高めているとカナメから聞いたが、イシスもまた同じようにワルキューレ全体のフォールド波を強めるような歌声を持っているらしい。アイドルとしても尊敬しているカナメにそう言われては、断るなんて選択肢は存在しなかった。

アイテールの一番目立つ場所に設置されているステージに、せり台に乗ってワルキューレと共に出て行く。真上は戦場だというのに、空中騎士団が登場したという話を聞いてから、イシスは出撃したくて仕方がなかった。


「歌は希望!」

「歌は愛!」

「歌は命!」

「歌は、元気!」

「歌は奇跡…!」

「聞かせてあげる、女神の歌を。」

『超時空ビーナス、ワルキューレ!!』


自分たちの歌声が響き始めると共に、デルタ小隊やアルファ小隊が飛び立っていくのが見える。新統合軍の機体の動きが見る間に鈍っていくのが分かる。
増幅された生体フォールド波によって、アステロイドに自分たちの姿が映し出される。その映しだされた自分たちに反射するようにしてどんどん歌声が広がっていくように感じる。

曲の切り替わりと共に、主旋律が美雲とフレイアからイシスへとバトンタッチされる。


「さあ、羽撃いて 孤高の風を受けて
 始まりと終わりが出会う場所で−−−−」


いつもより、手応えを感じた。ヴァール化を鎮静できる時に感じる手応えと同じ、歌声がしっかりと届いていくような歌声。
気持ちがいい。年甲斐もなくルンが光るのが視界の隅に写り込んだ。戦いだとかそういうことは一切考えが及ばなくなり、ただ歌うことが楽しくなる。自分を中心に巻き起こる風が、世界の全てを包んでいくような、そんな感覚に酔いそうになる。


「アルアル、過去最高のフォールド波…でも……アルアルの歌で空中騎士団の動きが、活性化してる?」

「歌声、ピリピリ、辛い…。なにこれ。イシスは…何を思って歌ってるの?」


マキナとレイナの声に歌を止めることはなく目線だけを送った。
知ったことではない。生体フォールド波がしっかりと出ているのなら、ヴァール化だって鎮静できているはずだし何も問題はないのだ。
しかし、戦況を見ながら歌っているイシスにも、違和感が感じられ始めた。先ほどよりも、空中騎士団の動きの精度があがっているように感じるのだ。普通、自分たちの歌声にはヴァールを沈静化する効果しかないはずで、美雲から聞いた「フレイアの歌でハヤテが生き生きと飛ぶ」というのは別の精神的な問題であるはずだ。それが、一体なぜ。

疑問に思いながらも歌い続けていると、空中騎士団の3機がステージへと向かってきた。白騎士ほどでは無いにしても、空中騎士団として名を連ねるだけあって華麗な飛びっぷりだ。


「下がって」


美雲に押しやられるように後方へ下げられ、歌も割り込むようにして美雲へとチェンジする。いつシールドが破られてもおかしくはないのに、美雲はフレイアとイシスを奥へ奥へと押しやろうと自分は前進している。
ただ、イシスには、彼女が安全な場所まで下げようとしてくれているのか、はたまた空中騎士団に影響しているようにも見える歌を止めたかったのかは判断ができなかった。


「見つけたぞ裏切り者!!」

「裏切り者…っ?」


空中騎士団の1機から、若い少年の声がした。フレイアとイシスの方へ向けられたその声に、二人の背筋がびくりと震える。


「それに…イシス様もっ!」

「もしかしてボーグ…」


幼い頃の記憶がよみがえるようだった。
ウィンダミアで過ごしていた頃、父が世話になっていた商家コンファールト家に居た末っ子の声だ。成長して少し低くなっているものの、毎日聞いていたあの声を間違うはずがない。姉たちとイシスに囲まれてあたふたしていたあの頃から、やんちゃさは変わっていなさそうな声に、彼が生きているという安堵が広がった。
きっと今も鮮やかなピンクの髪の毛に綺麗な黄色のルンを輝かせているのだろう。


「覚えていてくださいましたか!今、貴方様をお助けぐわぁっ!?」


ボーグ機の横っ面を、バトロイド形態のハヤテ機が蹴り飛ばした。


「ハヤテ!」
「ボーグ!!」


フレイアの安堵の声を聞きながら、イシスはシールドの端まで駆け寄った。
ボーグ機は華麗な旋回で体勢を立て直すと、カメラをちらちらとこちらに向けながらも戦闘へと戻っていった。どうやら大きな問題は起きていないようだ。

けれど、イシスの歌で空中騎士団の動きが良くなったと言われたこと、そして実際に自分の友人が空中騎士団に居ると知ってしまったことで、もうそのステージではか細く口ずさむ程度にしか歌うことはできなかった。






2016/07/15 今昔





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