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気づいてしまった。
忌むべきあの歌声の中に、愛しい声が混ざっていたことに。
【04.太陽の歌声】
イシスは銃弾や飛び交う中で、ただ一機だけを見ていた。メッサー機と戦っている、その動き。軽やかさ。まるでどこに風が吹くか分かっているような動きに魅了された。それはあの独立戦争前にウィンダミアで見た、あの人の飛び方によく似ていた。
あの時見たものよりももっと研ぎ澄まされ、精度を増したその飛び方は命がけの戦いのさなかであるというのに、ルンが光りだすのを止められないほどだ。
機体たちが編隊を組み直したところで、カモフラージュのペイントが剥がされたアンノウンの機体を見て、イシスは確信した。
ウィンダミアの空中騎士団。独特のカラーリングのあの機体は、人づてに白騎士となったと聞いた彼のものだろう。
「キース…」
そう呟いて彼の機体を指先で追いかければ、空中に引かれた雲をモニタのように利用して、昔見慣れたウィンダミア宰相が映しだされた。
ふと、合うはずのない視線が、機体ごしにあったような気がした。
心惹かれるあの飛び方、間違いない。
「全てのプロトカルチャーの子らよ。我がウィンダミア王国、新統合政府に宣戦を布告する」
ロイドの声に、反射的に左手のひらを下に向けた状態で胸元へ持って行った。
地球人の父親と、ウィンダミア人の母親。あの当時はまだ、ウィンダミアの人たちも混血児であるイシスを受け入れてくれていた。けれどあの独立戦争のせいで、ウィンダミアにイシスの居場所は無くなったのだ。時空兵器の惨劇を招いた統合政府、ひいては地球人に対する嫌悪はすさまじかった。
幼い頃から育った、大好きだったウィンダミアを離れざるを得なかったイシスに、最後まで味方をしてくれた、彼。別れ際に言われた、「君の歌が好きだ」という言葉で、今イシスはアルクマーンとして、ワルキューレと共に歌っている。
歌っていれば、また彼が自分を見つけてくれると信じていたから。彼が好きだと言ってくれた歌声を、いつか彼の元へ届けるためにと、歌っていたというのに。
「これじゃあ、キースたちと……敵対してしまう…」
分かりきっていたことだったのだ。地球人の血を持つイシスが、仮にも王子であるキースと共に歩く道は無いのだと。分かっていたことだったのだ。
「キース…」
イシスは目の前が真っ暗になるのを感じた。
「ウィンダミア。ラグナから800光年の距離にあり、その周囲を次元断層に囲われた惑星だ。」
アラドの解説を聞きながら、美雲は隣に居るイシスの異常さに気づいていた。
任務には真剣に取り組むし、世界を救うためじゃなく大切な人に気づいてもらいたいから歌うというその信念もはっきりしていた。ところが先の戦いで倒れてから、覇気がない。ファンにはメッシュを思われているためルンの存在もバレておらず、叩かれるようなこともない。叩かれたところで本人は気にも留めないだろうから、そういったことが理由でおかしくなったのではないはずだ。
とすれば、あの不思議な歌声に感化され調子が出ないのか、はたまたウィンダミアという第二の祖国のような場所と戦うことを憂いているのか。
「動きから見て、こいつがダーウェントの白騎士だな」
アラドの言葉に、イシスが顔をあげた。
美雲の中に、もしかしてという程度の可能性が見えた。もしかしたら、あのアンノウン…ウィンダミアの空中騎士団に知り合いが、見つけてほしいと願う大切な人が居たのではないだろうか。
見つけてはもらえただろうが、これでは敵対してしまう。
ブリーフィングの後、イシスは美雲に捕まった。
お互いに強い生体フォールド波を持っている身として、ライバルとして、よき友人として接してきたが、こんなに苛ついている美雲を見るのは初めてかも知れない。そしてイシスにいはそうさせてしまう自覚もあったので、着いていかないわけにはいかなかった。
「ちょっとイシス、一体どういうつもり?」
「美雲さん、怖いわよ、顔が。美人がだいなし」
「冗談を言える立場かしら、あなた?」
腕を組んでイライラを隠そうともしない美雲は、とても貴重だ。他のメンバーにはこんな顔は見せないだろう。
「前に聞いたわよね、イシスにはもう一度会いたい人が居て、その人に見つけてもらうために歌っているのだと」
「ええ、そうよ」
「それが、あのウィンダミアの空中騎士団の人間なの?」
「…ええ、そうよ。恐らくはメッサー中尉と戦っていた白騎士。彼が、私の大切な人。それから、あの歌声も私の友人のものだわ」
白騎士の話にはやはりと小さな笑いを浮かべた美雲は、少年の歌声のことを告げると驚きに声をあげた。ここまで感情豊かに接してくれるのも、互いの能力の高さ故だろうか、などとどうでもいいことに思考がまわる。
実際、他のワルキューレメンバーにこんな顔をしているところは見たことがない。
「まさかあなた、戦えないなんて言うつもり?」
「…分からないわ。」
「気持ちは分かる。でもね、あなたはアルクマーンであり、ワルキューレの臨時戦術要員であり、そして私のライバルよ。怖気づいて逃げ出したり、ワルキューレを捨てるというのなら、私がこの手で葬り去ってあげる!」
痛いほどに、ビリビリと彼女の思いを感じた。誇り高いワルキューレのエースボーカルにここまで言われる嬉しさとプレッシャーと、それから彼女という個体への申し訳無さ。全てがないまぜになって腹の底の方にどすんと居座る。その重さが気持ち悪いような気もした。心地良いような気もした。
適当に相槌を打って美雲から離れると、イシスはふらふらとマクロス・エリシオンの左腕部「アイテール」の発着デッキへと向かった。あそこは星がよく見える。
マクロス・エリシオンは人類が外宇宙へ飛び出した頃の第一世代型マクロス級とクォーター級のちょうど中間のような規模でありながら、その性能や見た目はクォーター級に近い。艦隊規模は1200メートルもあるような鉄の塊が空を舞うのだから、古い時代から考えるとオカルトやファンタジー、SFと呼んでもいいようなレベルだ。
イシスはそんなファンタジーじみたこのマクロス・エリシオンから見る星空が好きだった。
名前も知らぬ星座を見上げて、腹の深くへ息を吸う。
ハミングのような、独特な歌い方に古代言語にも聞こえるそれ。
戦場で聞こえたあの歌と、同じ言葉のそれ。
けれど、あの聞いているのが辛い程に研ぎ澄まされた曲調ではなく、これは見えない誰かを思う歌。地球人と出会うまではウィンダミア人たちは自身の寿命が短いという概念は持っていなかったそうだ。だからこの歌は、長い人生を愛する人と歩みたい、私に愛という感情を教えてくれてありがとう。そんな歌だった。
キースは各所への報告を終えロイドの部屋から戻る最中、ふと思い立って城のバルコニーへと出た。
幼いあの日、側室の子であったキースに正室の子である弟ハインツができてしまった。それを良く思わない大人たちが居ることも知っていた。だから騎士になろうと思った。
ところが、そんな複雑な身分を気にせず、あるパイロットの娘であった彼女は朗らかに微笑んで接してくれた。イヤミのない、純粋で暖かな春の日差しを感じさせるような。甘い果汁をたっぷり含んだウィンダミアアップルのような、そんな少女。
半分は地球人の血を引いているということで、純粋なウィンダミア人のそれよりも控えめなルン。それを自分の前でだけ目一杯輝かせていた少女。また、会いたいと思った。
「よりにもよって、あのワルキューレと共にあるか」
ならば
「取り戻すまで」
2016/07/15 今昔
2016/11/10 今昔 誤表記修正いたしました。コメントでのご指摘ありがとうございます。
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