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幼い頃に聞いた、その歌声。
母国に伝わるそれとは全く違ったその歌に、心を奪われた。
否。
彼女が歌えば、どんな国のどんな曲であっても素晴らしいものに感じた。
ただ欲を言うのであれば、母国の民謡を歌っているところが、一番好きだった。

あの争いさえなければ、今も隣であの歌を聞くことができたのだろうか。






【02.記憶の中に】




ワルキューレのメンバーであるマキナ、レイナ、フレイアと、それから新人ハヤテにデルタ小隊のミラージュ。豪華なメンバーに囲まれて、イシスは料理を楽しんでいた。歓迎会といっても、既にただの宴会になりつつあるようにも見える。


「ワクチンライブか…」


歓迎会の食事をもしゃもしゃと食べながら、イシスの隣に座ったフレイアが考えこむように言った。ワルキューレのファンだった彼女が実際にメンバーとしてライブに立つのだ。緊張もするだろうし、不思議な感じだってするだろう。先ほど紹介されたデルタ小隊の新人ハヤテもなにやら思うところがあるらしく、フレイアと同じように眉間にしわができそうな顔をしている。


「ランドール自治政府からの要請。最近、ヴァールの発生危険率があがってきたからって。」

「でもそもそも、なんでライブなんだ?録音して放送、とかじゃ駄目なのかよ」


ハヤテの疑問はもっともだろう。録音したり、一箇所で行われているライブを中継できれば、宇宙全体へ一気にワクチンライブを流す事ができる。


「私達が歌うと生体フォールド波っていうのが発生するの。で、それがヴァールに効くんだけど、録音したりデータ化したりすると、効力激減」

「音楽に興味がないと分からないかもしれないけれど、ワルキューレや私…アルクマーンの歌に限らず、やっぱり生っていいものよ。」

「へえ〜」

「やっぱり、生が一番…」


それは生違いだと、クラゲを口の中に放り込み続けるレイナに一言言ってやりたいような気もしたが、クラゲに夢中な彼女には届かないことだろう。
実際問題、生演奏で感じられる客席との一体感や、客席に居た時に感じる音圧。見知らぬ人が大勢居るのにどうしてか感じる親近感。そういったものが、イシスは大好きだった。


「ねえねえ、アルクマーンってなあに?」


イシスはあまり面識のない少女の言葉に、小さく微笑んだ。


「アルクマーンっていうのはね、ワルキューレと同じで皆がヴァールにならないように、ヴァールが元に戻れるようにって歌う人たちのことよ」


アルクマーン。ミューゼスなどと並べられる、音楽の女神。3人の音楽の女神たちの総称でもあるそれにちなんで、イシスは多重録音による楽曲を好んで作っていた。もちろん、ワルキューレのようなライブ活動はあまりしておらず、各政府の許可を得て路上ライブで歌うことが多かった。この方が聞き手をより身近に感じることもできるし、何よりも一人で歌うことが気楽だった。
ワルキューレに入るという話もあったが、当時一番だったカナメよりもフォールド波が強く、イシスが入ればカナメはエースボーカルから外れてしまう。それはカナメの1ファンであるイシスが望むところではなく、結局は一人で歌うことにした。幸いにもウィンダミア人と地球人のハーフであるイシスは、地球人にしてはやや寿命が短いものの、身体能力はとても高い。


「ワルキューレと一緒に歌わないの?」

「そうだよアルアルー、ワルキューレと合流して歌ったほうが、一人で居るよりも安全だよ?」

「そうね…実は、ワルキューレに加入してほしいって言われて、ここに来たの」


マキナにそう応えると、隣に座っているフレイアのほうが嬉しそうにルンを光らせた。


「その年になって人前でむやみにルンを光らせるなんて、って怒られなかった?」

「うちの親は嫁に行けーが多くって、他のお小言なんて覚えとらんよ!それにライブのサイリウムみたいで楽しかね!」


それはそれでどうなんだろうか。
そのサイリウムという言葉で思い出したように、ハヤテがぽつりと呟いた。


「俺たちはエアショーをするんだろ?イシスさんが合流するならまたちょっと内容が変わったりするのか?」

「例のアンノウンが現れる可能性もあります。気を抜かずに私の指示に従うように」

「っ……ほいなほいな」

「っえ〜!それ、もしかして私の真似?」

「さあねぇ〜」


イシスはじゃれあいを始めたフレイアたちから意識をはずし、向かいに座っていたミラージュに目を向けた。彼女とも知らない仲ではない。


「ねえミラージュ、アンノウンって何のこと?」

「ああ、イシスさんはラグナに向けての移動中だったと思いますので、知らなくても当然です。実は、先の戦いで所属不明機が5機ほど現れ、交戦しました。」

「所属不明機…特徴は?」

「なんか、デルタ小隊の機体と似てたけど、途中で3つに分裂したよな」


割り込んできたハヤテの台詞に、イシスは両肩が跳ね上がるのを感じた。
ああ、きっと、その機体は…






2016/07/14 今昔

マキマキからの呼び名は、アルクマーンを略してアルアルで統一させていただきました。
理由は追々。




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