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むかし、お伽話を聞いた。
長く続く吹雪に、国内は飢えていた。
国王が苦しみ民の様子を見て憂い、風に祈った。
「どうか、民の苦しみを救い給え。風よ、我が身を賭しても構わぬこの願い叶え給え」
すると、国民の一人の少女が言った。
「私が贄となりましょう。私の心がこの国と共にある限り、私の歌声は太陽を呼びましょう」
少女が歌うと、風は止み雪が穏やかになり、穏やかな陽光が顔を見せた。
少女は代償として、ウィンダミア人特有の容姿を失い、太陽の女神を降ろす能力の証として春色のルンを持ったのだそうだ。


見つからない。
どこだ、どこに居る。どこに吹いている。
風の歌ならぬ、あの太陽の歌は。
この心が求めてやまない、あの歌は。
あの歌が心に残っている限り、どこまでも飛んでいける気がした。
一度は黒く染めた翼も、もう一度純白に輝くのではないかと思うほど。
ピアスを無意識に触りながら、声を求めて空を見上げた。








【01.女神アルクマーン】






「ねえ、フレイアは知ってる?」


カナメの唐突な問いにフレイアはぽかんとルンを光らせた。
ワルキューレの控室でもあるメイクルームには、メンバーが全員揃っている。美雲の塗っているマニキュアの香りがつんと鼻をさした。いつもどおり、薄くて綺麗な色のものを使っているのだろう。


「アルクマーンっていう三人組のユニットよ」

「あらカナメ、まだあの子のこと三人組なんて言うの?笑われちゃうわよ」


珍しく他愛もない話に口を挟んだ美雲に、フレイアはますます頭の上にはてなを浮かべた。続けられた「確かに三人分の歌唱力は持っているかもしれないけどね」という台詞に、レイナがにこにこと笑いながら端末を見せてくれた。
動画投稿サイトの1ページらしいそこには「時空を超えて<byアルクマーン>」というタイトルが書かれており、再生ボタンを押せばパイプオルガンのようなイントロが流れ始めた。異国情緒漂うそれは、曲を知らないフレイアにもどこか懐かしさを感じさせた。サビがはじまれば圧倒的な音圧に心臓が潰れそうなほどだ。動画には神秘的な森の中に立っている3人の女性が静止画で映っており、その髪の毛にあっと小さく声をあげた。


「ルンがある!こん人たちはウィンダミア人なんかね…?」

「地球人とウィンダミア人のハーフらしいわよ。」

「すごい…綺麗な和音。ルンがきゅんきゅんする…っ。でもどうしてこの人達のことを?」


美雲が爪から目を逸し、こちらへと流し目で視線をくれた。


「それはね、彼女もワルキューレと同じ戦術音楽ユニットだからよ」

「えっ!?ワルキューレ以外にも、歌って戦う人が居るんかね!!」

「確かそろそろ戻ってくるのかしらね、イシスは。私と対等に歌えるのはあの子だけな気がするわ。楽しみ」

「美雲の態度の大きさにめげないのがあの子だけって話でしょう」


苦笑したカナメはレイナの端末を操作すると、別のページを開いた。今度は「カバー「AXIA〜ダイスキでダイキライ〜」<アルクマーン>」と書かれたページだった。聞いたことのあるワルキューレのそれよりも、テンポは変わらないのにゆったりとした曲調に感じられるそのアレンジは、フレイアのルンをひょっこりと持ち上げるには十分すぎた。


「ほえ〜、この人達が居たら、ワルキューレも百人力やね!全部で8人!」

「残念だけど、アルクマーンと一緒になってもライブに立てるのは6人なのよ」

「えっ?」


くすくすと笑うだけで全てを語ってはくれない美雲に少しだけもどかしさを感じたが、歓迎会がはじまるという呼び出しにその話はそれっきりになってしまった。




フレイアのデビューライブが決定し、ハヤテもどうにか首の皮一枚つながった状態でデルタ小隊への入隊が決定し、これはお祝いしなくてはならない!というマキナたちお祭好きなメンバーによって、この歓迎会が決定したらしい。男子寮でもある「裸喰娘々」の一階を貸しきって、ケイオスのメンバーが勢揃い、とまでは行かないものの、主要なメンバーがそろっていた。
宴会開始の挨拶を任されたらしい艦長がマイクを持って、飲み物片手に立っている。乾杯の音頭はやはり偉い人が行うものだ。


「ああ〜思い起こせばワルキューレおよびアルクマーン結成への協力を依頼され

「と、いうわけで〜!」

「フレフレとハヤハヤのデビューをお祝いしてぇー、かんぱーい!」

「フレイア・ヴィオン、命がけで頑張ります!!」


全員の乾杯に続くように、ふんわりと春の日差しを運ぶ風のような声が「乾杯」と告げた。さして大きな声ではなかったにもかかわらず、その場に居た全員がその声の方へ目線を向けるほどに存在感のある声だった。
全員の視線を一手に引き受けた声の主は、美雲と同じような年齢の分かりにくい見た目に、無造作とまではいかない程度にまとめられた髪の毛、そして毛先の一部がパステルピンクに輝くしずく型。ウィンダミア人のそれよりも控えめで、一見するとメッシュを入れているだけのようにも見えた。


「イシス!お帰りなさい!」


いち早く驚愕から抜けだしたカナメに声をかけられると、周囲も歓声のような声をあげて迎え入れてくれた。
その歓声にまぎれて、ひょこひょことピンク色のハートを動かしながら、自分よりも随分年下の少女がイシスの前にやってきた。ルンと顔つきで、瞬時にウィンダミア人であると分かる。


「あ、あの!!あなたが…イシス、さん?」

「ええ、はじめまして。イシス・パティスーンです。」

「フレイア!フレイア・ヴィオンです!ワルキューレに、新しく入ることになりました!」

「貴方が噂の新人さんね。私はアルクマーンとして活動してるからあまりライブで一緒に立つことはないかもしれないけど、仲良くしてね」


当たり障りの無い自己紹介をすると、フレイアと名乗った少女はぽかんと首をかしげた。


「アルクマーンって…他のメンバーさんはどうしてるんね?」

「あら、アルクマーンは私一人だけのユニットよ。多重録音で曲を作っているの」

「ご、ゴリゴリ〜!?」












2016/07/14 今昔
アニメでは冒頭語りのキャラはピアスしていません。申し訳ないです。

2016/07/20 今昔
加筆修正しました




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