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※甘くありません。
はらはらと、重たい大粒の雪が降り始めた。これでは新人たちの訓練は捗らないだろうなとイシスはふうっと息を吐いた。
ここのところ、ワルキューレと共に歌うこともなければ、対バンのようなライブもできず、ネットを通した電子音から受ける刺激だけでどうにか新曲を作ってきたが、そろそろ限界になってきた。こうしてウィンダミアへとやってきたのはイシスの意思であるが、まさかこのように楽曲作りに支障をきたすとは思っても見なかった。
ハインツと歌って得た刺激から作った楽曲は、今のところワンコーラス版のネット無料配信とフル版のダウンロード販売が行われており、こちらはアルクマーンを初期から知っているファンを中心に大好評と言っても過言ではない。逆に、ワルキューレのヒットくらいからアルクマーンの楽曲を知ったファンには、こうしたややクラシカルな楽曲は受けない傾向にあるようだ。イシスとしてはどんな楽曲にも心を込めて、伝えたいことをたっぷりと込めて作って歌っているので、自分の中で優劣を付けるということはしたくない。
「万人受けするような歌を作りたいわけじゃないし、伝えたくもないメッセージじゃ曲は作れない。」
かといって、誰にも受けないようなニッチな曲を作ったところで達成感はあっても、その先がない。
口に出しながら考えるほど、イシスの思考はぐるぐる回って行き着く先が見当たらなくなってしまった。思考の袋小路というのは、逆戻ししてみたところで違う分かれ道を選ぶことも難しいので、イシスは早々に諦めると、何か刺激はないものかと城の広いベランダのような場所を目指した。
【 Wind Angel 】
もっさりと積もりはじめた雪は、ラグナで過ごした時間が長くなってしまったイシスの心をどうしようもなくワクワクさせた。降ってくる雪をくるくると踊りながら両手に受け止めて、趣くままに歌を口ずさむ。
ざくざくとコツコツが混じった、雪と石を踏む音に振り返ると、訓練が終わったのだろうかキースとボーグがやってきた。ふたりともいつもの正装より幾分動きやすそうな訓練用の着衣に帯剣している。
「イシス、曲作りか?」
「ええ。せっかく帰ってきたのだから、この雪を歌に出来ないかとも思ったのよ」
よくこの遊んでいるようなイシスから曲作りだと分かったものだと、イシスは驚いた。ボーグもなるほど曲を作っているのですね、とキースに言われて気づいた様子だ。
「ところで、イシス様は幼少から剣技を極められていたのですよね?」
「ある程度、だけれどね。女の筋力ではできることは限られるもの」
「可能な範囲で構いません!ぜひお手合わせ願えませんか!」
「何を言う!」
準備運動を少しさせてくれたら大丈夫よ、とイシスが応える前に、キースの鋭い一言が三人の間を走った。
「万が一にも残るような傷ができたらどうする」
「大丈夫よ、目などの急所は狙わず、私も篭手とかをつければ問題無いわ。それとも私ってそんなに弱いと思われているのかしら?」
「……そんなことはない」
「ならば問題なくってよ」
「それでも万が一ということが考えられるだろう」
「その時はボーグを褒めて上げてちょうだい」
キースをじっと見つめて言うと、呆れたようなため息をこぼされた。勝手にしろという言葉と共に、腰から剣を鞘ごと外して渡される。イシスは素直にお礼を言って受け取ると、腰回りに帯剣した。
ボーグのおお!という簡単の声を聞きながら髪の毛が邪魔にならないようにまとめる。準備ができたと言う意思を込めてボーグを見やれば、にっこりと笑った彼はスラリと剣を抜くとこちらへと走りこんできた。
「イシス様、いざお手合わせ願います!」
「そういうのは走りだす前にスべきよね」
言いながら正面からの突きを右に半身をずらして躱すと、さっとしゃがんで胴にタックルを入れる。ぐえっと声が聞こえたが、転ぶこともなく膝を軽く曲げるだけで着地したので問題ないだろう。
「それはアリなんですか!?」
「そんなこと言ったら、アナタの挨拶前の駆け込みはアリなのかしら?」
「なるほど、では改めて!」
今度は先ほどよりもゆっくりと駆けて、先ほどよりもゆっくりと剣が振るわれる。避ける方が余計な動きを受けそうなそれに、イシスは振り下ろされる剣が触れるギリギリで一歩踏み込んだ。肘より少し手の先の方を指三本で打ち付ける。
何度も剣を入れようとしてくるボーグの動きを回避しつつ、時折あえて腕に攻撃を加えて受け流す。互いに本気を出しているわけではないが故に、実力が拮抗し、戦っているはずなのに上手く互いの動きが咬み合って踊っているような気持ちだった。
視界の隅に満足気な顔をしているキースが入り込み、剣舞のようなこのじゃれ合いに近い手合わせを良く思っていることが分かる。
イシスはふと、避けられる剣撃を剣で受け止めた。
長いこと打ち合っていたが、イシスが剣を取ったのはそこがはじめてだった。
今まで、ボーグの剣が風を切る音だとか、互いの足音だとか、肉体同士が打ち合う音が響いていた場所に金物同士のぶつかる音が加わった。
それは、夢を見ている時に夢だと気づいたような、不思議と覚醒したような感覚をもたらした。
「きた」
短くつぶやくと、頭の中にメロディが浮かんでくる。
視界に入る全てのものが音に変わるような気がした。
キースは、突如歌い出したイシスに驚いたが、それ以上にそのまま息を乱すこともなく戦い続ける姿を美しいと思った。ワルキューレと共に戦場に出ていた彼女の映像データを見たことがあるが、ケイオスが使うVFにワイヤーを取り付け機体の上に立った状態で歌うこともあったようだ。更にはエースとして最前線で歌う美雲という少女を守り、戦場で銃を持つことすらあったという。
その歌うだけではない魅力がアルクマーンとしての彼女が魅力的である一因だ。
−−−−夢から吹き下ろす風に、翼を任せたら
−−−−君は何処までも飛んで行けるだろう
サビのそんなフレーズを歌い終わると同時、ボーグの手から剣が放物線を描き、地面でカランと乾いた音をたてた。
「そこまでだ」
「イシス様、流石です!ありがとうございます!」
負けたという事実は特に気にならないらしいボーグは、蒸気した頬で楽しげに言った。イシスも先ほどよりどこかすっきりとした顔をしている。二人の間に何か目に見えぬものが流れているようで、キースは慌てて、ゆっくりとイシスに歩み寄った。
「ありがとうございます、大切な剣をお借りしてしまいました」
剣を受け取りにきたのだと上手く誤解してくれたようだが、キースとしては万が一にもボーグと何かがあっては困るというだけのことだ。少し申し訳ないような気持ちになった。
「お前が何かを得ることができたのなら、礼など不要だ」
「優しいのね、キース」
洗練された動作で仕舞われた剣を受け取り、うっすらと汗をかいている頬に手を添えて親指で撫でると、よく懐いた猫のように目を細める。イシスが猫であったなら喉でも鳴らしそうだ。
ちらりと見ればボーグが少しばかり悔しそうな、それでいて幸せそうな顔をしていて、キースは心のなかで「勝った」とだけ呟いた。
2017/11/16 今昔
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