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イシスは腰掛けたベッドが自身の体重で沈むことに気づき、慌ててより端の方へと座り直した。広いベッドなので、中央で眠る部屋の主とは少し遠のいてしまうが、仕事で疲れきっている彼を起こしてしまうのは気が引ける。
赤みがかった綺麗な髪の毛、綺麗なルン。起きている時にルンをじっくりと見ることは、流石にこと年齢になったイシスには躊躇われるため、寝ている今がチャンスなのだ。それらを綺麗なものら覗き込むように屈むと、耳にかけていた髪の毛が滑り落ち、一緒にルンも視界に入った。自覚もしているが、ときめきを隠せない穏やかでいて情熱的な光を湛えている。


「ボーグ、今日も一日お疲れ様です」


2つ年上の婚約者が統合政府側との戦いから帰還したと聞いて、イシスは真っ先に彼に会おうとしたのだ。次に帰った時に時間を作り、正式に入籍しようという話になっていたのに、それは「また次の帰還で」「また次で」とどんどんと先送りにされてしまっている。ボーグがイシスと夫婦になりたくないのではないかと思うほど、それは繰り返されていた。ただイシスがそうは思わないのは、帰還の度に忙しい合間を縫って食事をしたり、ちょっとした贈り物を届けてくれるからだ。
前回帰還した際には、可愛らしい花の髪飾りを持ってきてくれた彼と共に夕食をともにした。その後同じ部屋へ帰るということはせずに、彼はイシスの住まう邸宅へと送り届けると再び空中騎士団の任務へと戻ってしまった。
夫婦になる前だからそういったことはしない、というボーグの気遣いは嬉しくもあったが、会える時間がこうも少ないと、何もなくたって同じ場所で眠りたいと思ってしまうものだ。そう泣きついたところ、ボーグが住んでいる屋敷のメイドが夜にこっそりと「主様が帰還なさいました」と連絡をくれたのだ。
そんな真面目な彼が眠っている間に部屋へ忍び込むなど抵抗があったが、いい加減、必要な手続きをとる時間をくれないボーグが悪いのだ。イシスはそうやって自分に言い聞かせると、もう少し、とボーグに顔を寄せた。


「ん…イシス……ふふっ」

「まずっ」


ふにゃふにゃと幸せそうな顔でイシスを呼ぶ彼は、どうやらまだ夢のなからしい。イシスは衣擦れの音が最小限になるようゆっくりと上体を起こすと、ふとベッドサイドへ目をやった。
宝石箱のようなものに、クリスタルで翼のモチーフが付いている小箱。イシスは前にこの部屋へ招待された時には無かったその箱をそっと持ち上げると、万が一にも壊れないようにと蓋を開けた。するとそこには深い緑色ベルベットの台座に置かれた指輪があった。
片翼の羽根をぐるっと輪にしたようなデザインの指輪は、左翼と右翼になっており、2つ並べると対になるらしい。それぞれ小さな石もついており、内側には何やら文字が彫り込まれているようだ。


「B…はボーグのイニシャル、ってことはこっちは」

「イシスのイニシャルだ」

「ひゃあ!」


背後から声をかけられ固まる。すると衣擦れの音と共に背中にぬくもりを感じた。背中と、それからベッドとは反対側にある足にもぬくもりは伝わり、耳元に吐息がかかる。抱きしめられていることはすぐに理解した。


「全く、お転婆にも程がある」

「ごめんなさい…勝手に見てしまって」

「部屋に入ったことは謝らないのか」

「あ、えっと、そうよね。勝手に入ってしまってごめんなさい。会いたくなってしまって」


呆れた風でもないボーグの声からは感情が読み取れず、感じる体温だけで緊張感が高まる。普段は空中騎士団の屈強な男性たちに囲まれているせいで小柄に見えるが、イシスからしてみれば十分に長身で、背中に感じている胸板も男らしいものだ。


「左手を出せ。」


言われて、彼が指輪を付けてくれるつもりなのだと察すると、イシスは焦った。


「ちょっと待って!気が早いわよ!!」

「安心しろ、結婚指輪は別に用意するつもりだ」

「そういう意味じゃなくって…」

「人生30年。残りはお前と共に在るという印のペアリングだ。受け取れ」


ぶっきらぼうな台詞を蕩けそうな程に甘く言われ、イシスは両肩のちからを抜くと左手を差し出した。


「これをつけていると、共に引き合うらしい。俺は何度でもお前のもとへ帰ってくる。」

「うん。あなたが帰ってこられる場所であるよう、私も頑張る」

「…その、時間が取れないのは申し訳なく思っている。」


毅然とした態度から一変して、ボーグは照れくさそうに言った。イシスはなんだかその差が面白くてくすりと笑うとそれで?と続きを促した。


「明日、イシスと共に過ごせと、白騎士様が時間をくださった。」

「白騎士様が?」

「婚約者を放置するなんて男のすることではない、と…」


イシスが驚いて固まっていると、ボーグは続けた


「だから、明日。明日を記念日にしよう。」







【眠れる花嫁に、優美な風を】






2016/07/23 今昔
年をとってから、年下男子が可愛くて仕方がないです。ボーグが不器用に思いを伝えてくれるシーンが泉のように湧き上がっていきます。全部文章にできたらいいのですが…




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