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ウィンダミアから姉のフレイアが消えて、気づけばワルキューレというユニットの一員としてデビューしていた。もう15になる年なのだから結婚した方がいいだろうに、いったいぜんたい何を考えているのだろう。姉のすることはいつだって理解できなかった。

イシスは空中騎士団の制服を翻し、暖かな木漏れ日色に染まった風の中で口ずさんだ。姉の行動は理解に苦しむしワルキューレの歌が吹かす風も嫌いだが、楽曲そのものは素晴らしいと思う。昔から「妹の出来の良さが少しでも姉にあれば」と言われていたフレイアのことだから、ウィンダミアを捨てて地球側で生きていきたくなったのかもしれない。
それは未来への希望に満ちた旅路であろう。少しだけ羨ましくも思う。そんな感情から、ふとメロディが浮かんでくる。


「未来まで…続いてく
 鼓動を打ち鳴らす風
 ブレーキなんて要らないよ、このまま」

「何をやっている。相変わらずの歌うたいか?」


クルクルと回りながら振り返ると、イシスと同じ制身を包んだボーグであった。
12歳、しかも女性の身でありながら空中騎士団に名を連ねるイシスとは年齢も近く仲がいいと言える人だ。そしてなにより、両親や大人たちが決めたのではなく自分たちで選んだ、結婚相手でもある。共に過ごす時間で互いのルンが共鳴してしまった、並び立つのが自然だと思ってしまった相手。


「そうだよボーグ。私の歌はルンほどに物を言うからね」

「そうか。ならば今のは…空を舞うことへの憧憬か?」

「うん。いつも目的を持って飛ぶボーグを尊敬する、素敵だと思う気持ちからでてきたメロディかな。」


素直にそう言えば、ボーグは照れくさそうに微笑んだ。
そんな彼の可愛らしいところが好きだし、まっすぐに好きだと思ってくれるところが愛おしい。女なのに空を飛ぶだなんてという発言もしないし、女だからといって手加減もしない。そんな彼だから好きだ。
他の惑星に住まう種族と比べると圧倒的に短い寿命。それも残すところ半分といったところだ。残された年月を、彼とともに生きていきたい。彼と共に、同じ風に乗って飛びたい。


「繋ぐ、手と手に…生まれた風から……」

「地球の歌か?」


イシスの作ったものではないと即座に分かってくれるのは、それだけ彼がイシスの歌を好いていてくれるということだ。


「遠く、果てない未来へ、飛び続けるため
 あなた、私と ずっと二人で
 この世で一番近くにいられるだけでいい…」


イシスが、はじめて聞いた地球の歌だった。
ラストには「二度と無い今を、あなたと奏でながら」と続くその歌詞が、まるでウィンダミアの少女が残りすくない時を憂いているかのようで、幼いながらに泣いてしまったのを覚えている。

くるくると周りながら、イシスは歌うように言った。


「地球の歌よ。でもね、この詩を書いた人は好き。」

「歌詞を?」

「そう。だってまるで私たちみたい。短い未来を大切な人の側で過ごせれば、ただそれだけでいいだなんて。地球人はもっと長い寿命を持っているのに、それを短いだなんて。贅沢な話よね」

「それこそ、汚れた思想だ。我らから真の平和を奪っておいて、愛した者と幸せになりたいなど。…いや、楽曲にそれを言うのは不毛か。」

「歌った人も作った人も、戦争に意思を介入させられるような立場の人ではないだろうからっひゃあ!?」


回りすぎたのか、イシスは広いバルコニーの手すりから背中を踊らせた。背中の柵を軸にして、足元の安定感が一気に消える。


「何をしている馬鹿!」


慌てて駆け寄ったボーグの顔が視界に広がったかと思うと、今度は腰回りにぎゅっと苦しいほどの拘束感を覚えた。足はまだ空中に浮いている。ドラケンで飛ぶのとは異なる浮遊感に、イシスは頬に熱が集まるのを感じた。


「歌うことも、飛ぶことも否定しない。だが、俺の前から消えてくれるな。」


低く囁かれると共に、地面に足がつき、そして腕が背中に回された。


「うん。ごめん。」

「お前は、俺の妻になるんだ。この戦争が終われば、正式に挙式もしよう。」

「うん。」

「だから先に、これを」


ボーグが上着の中から取り出したのは、よく創作の中で見る質の良い生地で作られた小箱だった。ぱかりと開かれたそこには、小さな石のついたリングが2つ、並んでいる。


「ボーグ、でも、あのね!」

「受け取り拒否は認めん!」

「気が早いというか!」

「書類上はもう夫婦だ!むしろ遅いくらいだろう!それとも、俺が俺の妻であると、周囲に認めさせたいという気持ちは、厭われるものだと思うか?」

「うっ…」


じっとりと見られ、イシスはふうとため息をつくと諦めて両手を上げた。降参のポーズに、ボーグが満足そうに笑うと「左手」と催促をした。言われるがままに左手を差し出せば、手袋を外され、薬指に指輪がはめられる。やや大きいような気もするが、サプライズで用意してくれたにしては、よく見てくれていると認めざるをえないサイズだった。


「ありがとう…ボーグ。あなたにも」

「ああ。」


イシスも指輪を受け取り、ボーグがしてくれたのと同じように手袋を外して指輪を付けてあげた。
彼の指先から顔をあげると目があって、一瞬驚いた顔をされるも、すぐに蕩けるような笑顔に変わった。ほんのり色づいた頬と、柔らかい色に光るルンが、お互いにいっぱいの幸福感を味わっていると教えてくれた。


「愛しています、ボーグ。私の、ルンと。私の歌が吹かせる風に誓って」

「俺も、永久を誓おう。大いなる風と亡き家族に。」





【永遠の誓い】







2016/07/22 今昔
GIRAFEE BLUESを聞いていて思い浮かんだボーグさん。この後の戦いでどっちかが落とされるというような展開も好きです。




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