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降下してくるメッサー機から、なにやら良くない風をかんじたイシスは、まだ生きているだろうかとケイオスの端末を起動した。すると未だに切断されていないらしいその端末からは、彼らのやりとりを聞くことが出来た。


「デルタ2、エンゲージ!」

「メッサー!?何のつもりだ!」

「状況は聞きました」

「勝手な真似を!」

「まだ俺は、デルタ小隊の隊員です!」


強い決意と途切れがちで不安定な呼吸。そして隊長クラスのみが見られるというパイロットの生体値を示すモニタを覗けば、彼のヴァール化が深刻な状況にあるのが見て取れる。
そこでイシスの中でも納得がいった。メッサーは恐らくバール化が進んでいることを理由にデルタ小隊を離脱することになったのだろう。しかし彼の居ない部隊の状況を聞いて居ても立ってもいられなくなり、アラド隊長の許可をとらずに戦場へ来てしまったのだ。

彼らしいと言えば最も彼らしい。戦場に立つことでしか何かを表現するということが出来ない人なのだろう。
イシスも歌うことでしか自分の気持ちを素直に表現できないタイプの人間だ。どこか自分と似たところを感じてしまい、一瞬胸が苦しくなる。

ボーグ、テオ、ザオのドラケンが遺跡付近に居るワルキューレへと迫ったのが見える。イシスが歌い続けていることもあってか、騎士団の誰もがいつも以上に風に乗れている用に感じる。
しかし上空から一気に降下し太陽を背にして打ち込んできたメッサーに気づけなかったらしい。


「テオ!!」


思わず歌うのを一瞬やめてしまうほど驚いた。彼らだってウィンダミアを代表する猛者たちなのだから。そう簡単に落ちるはずがないと分かっていても、心配なものは心配だ。


「イシス様、落ち着いてください!彼らを思うのならば歌って!」

「っ!」


コクピットからのアーガイルの指摘にうっと息をつまらせたが、イシスはそのまま歌い続けた。何より彼らを信頼しているからこそこうして戦場に出てきているのだ。味方を信じているからこそ戦場に立てるということは、ケイオスの時から変わっていない。
途切れがちなケイオス側の端末から、再びメッサーの声が聞こえた。


「歌ってくれ、カナメさん」

「メッサーくん!」

「歌ってくれ、俺がヴァールになりきる前に」


マキナやレイナが息を呑んだ音が聞こえたのと、イシスが思わず本当に歌うのを辞めてしまうのとが同時だった。


「カナメさん…!」


縋るように、けれど誇らしくも聞こえるメッサーの声に、カナメが力強く答えれば、彼女の持ち歌であるAXIAが流れ出した。
イシスも何故か目から溢れる涙が止められず、自分の方の曲を止めてしまった。コクピットからアーガイルの驚いた声が聞こえたが、ケイオス側の装置に自分のドローンプレートを同調させると、こちらからもAXIAのオケが流れるように操作する。
一瞬、地上から飛び上がったデルタ2と地上に残ったカナメから視線を感じたような気がした。

彼の戦士らしく勇ましい姿はケイオスに入った当初から見ている。特にカナメを守りたいと動いているらしいとアラド隊長からこっそり聞いた時には、淡い恋心でも抱いているのだろうと、少し羨ましく感じただけだった。彼がヴァール化してしまっていたとなると、どこかでワルキューレやアルクマーンの歌に救われたことがあるのかもしれない。
そして風の歌がヴァール化を促進すると分かっていながらも戦場に出てきていたということは、それだけの覚悟を持ってしていつもキースの相手をしていたということだ。

今彼にはカナメの歌が付いている。だからきっと心配ない。今は敵だとしても戦士としてメッサーのことは本当に評価しているのだから。
ならばこちらも、相手になるであろうキースのために歌うのみ。



−−−−例えば 別の人と
 会話をする横顔も 尊い 一秒



「何を歌っているのですか!!」
「イシス様!?」


ボーグとザオの驚いたような通信を、アーガイルが「お黙りください」と一蹴している。そばで聞いているアーガイル自身が、イシスの歌について一番しっかりと感じ取っているからこその静止だろう。

歌を通して、カナメとリンクしていくのが分かる。まるで目の前で手を繋いで歌っているかのような感覚だ。
互いに大切な誰かを思い、そして歌うことでしか誰かを救うことができない。そんなもどかしささせも共有していく。

今思えば、メッサーのパイロットとして優秀な理由はヴァール化による能力の向上もあったのだろうか。だとすれば、それを抑えるほどの理性と決意があってこそだ。


(カナメ、あなたのこと、すっごく思ってくれてる人が居るのよ)


流れ弾を避けるように機体が移動し、少しだけカナメの方へと近づいた。この方向の方が、向かい合い戦闘を開始したメッサーとキースの様子がよく見える。


「こいつ…」
「異邦人か!」


メッサーの飛びっぷりに完全において行かれているのは、カナメたちが居た場所で出し抜かれた年少組ばかりではなく、空中に居たヘルマンたちも同じだった。追いつけるのは、同じように良き風に乗っているキースのみ。


「イシス、俺にも風を!」

「キース…」


そうだ。メッサーを良い戦士だと思うのならば、戦士として受けるのがキースの流儀。そしてカナメと同じように、イシスもまた歌うことで自分が救いたい誰かを守るのみ。

水平に、交錯。
そして上昇しながら互いに急加速と急減速。場所が見る間に立ち代わり、どちらの軍勢からも横槍は入らない。入れられない。

キースがメッサー機の弾幕を吹かしたバーニアで焼き払い、その煙幕を利用してこちらからもとばかりに弾幕をお返しする。メッサーはその弱追尾性のある弾幕を全て操縦のみで躱し、その合間を縫ってキースに銃弾を向ける。
見ているこちらが見惚れるほどに、二人の動きは華麗だった。

メッサーの銃撃にキース機の背面火器が引火したのか、パージされる。


「白騎士様と互角に!?」

「いい風だ…」

「これは…マスターヘルマン、イシス様の歌は…穢れた者たちの歌なのに、どうしてこんなにも清涼な風が……」


不可解だと言わんばかりのボーグの通信も、イシスの耳には半分くらいしか届いていない。
今は精一杯キースを思って歌うことと、キースとメッサーの戦いを見届けることと、カナメと同じ「"あの人"のために」と願うことが最重要事項だ。


「歌う曲など関係ないのかもしれん。戦士としての強さに国境が無いように。」

「全ては白騎士様を思うイシス様のお心が起こす奇跡…」


ザオの言い分は大げさにも感じたが、イシスはどこかでその通りだとも思った。ワルキューレやイシスの歌は、誰かを救いたいという願いや、怒り悲しみ、喜び、愛情。強い感情によって沸き起こる。
イシスの今の原動力は、キースに大いなる風を贈りたい。その気持だ。


「っふ、風が見える!」


闘志を滾らせ、楽しげにさえ見えるように飛ぶキースに、イシスの心までもが高揚していく。
メッサーの機体が閃いたかと思うと、キースのリル・ドラケンが回避運動のために分離した。そのメッサーの攻撃すらも分かっていたように勢いとして利用するキースが旋回し、メッサー機の背面を撃ち抜いた。


「死神!やはりお前も風に乗るか!!」


再び体勢が整うと戦場に張りつめた心地よい風が吹いた。
向かい合ったキースとメッサーの間にリル・ドラケンが滑り込む。メッサーの銃撃が全てリル・ドラケンに吸収されると、その弾幕の間からただ1発だけの反撃が行われた。








【16.散る花】






コクピットの真ん中を綺麗に貫いたその一撃に、強化ガラスの内側から真っ赤に染まる。
メッサー機が落ちていくのと一緒にカナメの歌もフェードアウトして消えてしまった。

イシスはただ、何を思うでもなく、喪失と高揚のはざまで最後のサビをカナメの代わりに主旋律で歌い終えるしかなかった。


「もう君を…思い出したりしない……だって一度も、忘れることないから」


誰からの賞賛も、嫌悪も、何も向けられることなく、AXIAの曲が終わった。









2016/06/16 今昔




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