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※この話ではわかりづらいので、通信を通している場合は『』になっています


ガリガリガリガリ…
ひたすら、五線譜に手書きで音符を書き連ねていく。端末で操作をしてもいいのだが、やはり手書きですすめる方が自分には向いているような気がして、イシスは清書のみを打ち込むようにしている。

キースとロイドのやり取りの後ヘルマンから聞かされたのが、小さい頃に二人は本当に「どちらがイシスの”お婿さん”になるか」で喧嘩をしていたそうだ。それもイシスが見ていないところではしょっちゅう。兵士としての訓練が始まってからも時折手合わせでその話題を持ち出すほどで、それはあのイシスとの離別の時まで続いていたのだそうだ。
同じ場所で聞いていたボーグは、白騎士様にそんなに思われているだなんて!と少々羨ましそうにこちらを見ていた。キースへの心酔っぷりは微笑ましくも若干引くほどのレベルだ。

イシスにとってもこの話は、ただ気恥ずかしくも嬉しいだけの昔話ではなかった。二人の剣技を目の当たりにして、その話を聞いて、頭の中に曲が溢れて止まらなくなったのだ。
思ったことを歌詞としてまとめるうちに勝手にメロディも出来上がり、1曲の完成品と3曲分程にはなろうかというフレーズのストックもできた。全てがアルクマーンの初期によくあった幻想的なメロディラインで、伴奏もシンプルなものになりそうだ。


「これで、私も戦える…!」


ものは試しだとロイドの執務室へ向かい許可を取ると、彼を連れ立ったイシスは遺跡へと向かった。きちんとした身だしなみで王城で普段過ごしているエリアから少し離れ、遺跡の内部へと入っていく。
ヴォルドールで感じたあの不思議な風と同じ感覚の何かがその場を支配しており、イシスはやはりここが特別な場所であるのだと感じた。


「ロイド宰相、ここは、プロトカルチャーの残した遺跡なのですよね」

「ええ。常時数名が遺跡そのものの建造物としての価値や、生体フォールド波との関係を調査中です。丁度空いている者が居るので、立ち会わせましょう」

「ありがとうございます」


イシスは端末や資料を持った男性たちがやってくるのを見届けると、階段の上にあるいつもハインツが風の歌を歌うのだという場所へと登った。基本的に他の者は入らないようにしているらしく、イシスが一人でそこへ行くのを他の全員は下で見守っていた。
一番上に到達したところでちらりとロイドを振り返ると、いつでもどうぞというようにうなずかれた。

大きく息を吸い、横隔膜をコントロールして声を出す。
最初だけ気をつけたら、あとは思うがままに声を出していく。


「これは…素晴らしい……」







【15.咲く花】







惑星アル・シャハルに、風の歌が響いていく。それを感じながらドラケンの中に居るイシスは、いつもと違った風の乗り方に少しむず痒い思いを感じていた。
砂漠の多いこの星は乾燥しており、少々髪の毛がパサつくのが原因だけではない。以前ハヤテが撃ち落とした騎士団員の後継として、新人が一人配備されたのだ。イシスはキースの機体に乗るのが一番安心していられるのだが、その安心感はある意味で歌うことの邪魔になる、とロイドが言ったのだ。


「邪魔になる?この俺が?」


心底嫌そうにキースが言ったのは、眼鏡がこれでもかと飾られているロイドの私室だった。その眼鏡の数の多さとそれぞれのデザインの前衛的な感じに圧倒されているイシスを無視して、部屋と眼鏡の主であるロイドはにこやかに告げたのだ。「イシスのちからを余すところなく発揮するには、キースの機体では駄目だ」と。


「そうだ、幸運なことに…私としては納得しがたいところだが、イシスさんの心の拠り所になっているキースのもとに搭乗するよりも、少し離れた場所に居る方が緊張感が高まる。」

「そうね、ワルキューレが戦場の真っ只中で歌うのも、私や美雲がVFの上にワイヤーで捕まって飛ぶのも、そういった極限状態によって能力を活性化させるため」

「そう。バジュラ戦役から得た情報をケイオスが所持していたので、イシスさんから頂きました。そこで、急遽こういったものを用意させたのですよ」


ロイドが言って端末を操作すると、通常のドラケンとは少しフォルムが異なるものが映し出された。どこかのドックで撮影したらしく、数人の整備士が写り込んでいる。その機体はもはやドラケンというよりも、小型の飛行艇に近いのかもしれない。


「マルチドローンプレートを36機搭載、後部座席として簡易ステージを作成し、通常のドラケンよりも大型な機体です。」

「これに、誰を載せるというんだ。まさか自動操縦などと馬鹿なことは」

「言わない。イシスさんが乗るのだぞ、そんないい加減なことが出来るか」


二人の過保護っぷりに引くことも忘れ、イシスは次いで表示された設計図を覗き込んだ。マルチドローンプレートはケイオスが利用しているものに酷似しており、イシスが手元に持つのであろう端末から簡単に操作が出来る。今回のリモコンは爪ではなく指輪のような形になるようだ。
スモークはないが、ウィンダミア側となった今は遺跡という協力な生体フォールド波増幅装置が使える。ロイドから研究資料を見せてもらい、ちょっと練習をしたら、離れた場所からでも簡単に遺跡と共鳴できるようになってしまったのだ。


「そこで、騎士学校を卒業し仮配属となっていた者から最もこの機体に適正が高い者を、キースに選んでもらう。」

「男と二人でのせるのか」

「あら、騎士学校に女性をほぼ居ないでしょう?仕方のないことだわ」


イシスがそう言えば、キースは渋々と騎士学校を卒業し別部隊でまだ訓練をしている者たちの駐留所へと向かった。


『イシス様、ご不便はありませんか?』


コクピットからの通信に、イシスは見えないと分かっていても微笑んでしまった。幼い頃のキースに少しだけ横顔が似ている彼は、アーガイルという名前なのだそうだ。


「大丈夫よ、アーガイル・ミスティア。」


己の父の名を持つ少年は、両親が「あの素晴らしい守護者のようになれるように」と名付けてくれたと言っていた。これほど誇らしいことが他にあるだろうか。イシスにとって父の存在は偉大だ。父の申し出がなければキースと共に剣を学ぶこともなかっただろうし、何よりウィンダミアという場所にイシスが生まれることもなかったのだから。


『ロイド様から、イシス様の歌によって風の歌がより大きくなるのだと聞きました。作戦開始のポイントまであと僅かです。ご準備を』

「了解」


アルクマーンとして使っていたスモークによる衣装チェンジが行えないため、実物の衣装を身にまとっている。ボーグが用意してくれたというそれは、彼の趣味なのだろうか清楚なイメージだ。それでも自分で空を飛ぶ可能性があることを考えて、ロイドに頼んで作らせた小型ジェットを太ももに巻きつけている。


「行くわよ。マルチドローンプレート展開開始!」

『ステージ、機体上部へ』


4平方メートルはあるだろうステージが機体の上部で止まると、キースから音声通信が入った。全体通信のようなので応答してしばしの間をあけると、キースが至極辛そうに言った。


『アーガイル、落ちたらそのルンを砕いて秘密裏に闇へと葬り去るからな』

『あはは、ご安心ください、白騎士様。私も死にたくはありませんので、必ずやイシス様をお守りいたします』

『キース、心配なのは分かるが落ち着け。ハインツ様と彼女の歌があれば何も怖いものなどない』


アーガイルだけでなくヘルマンにさえも言われたキースはしばし無言だったが、ぷつんと通信を切ってしまった。


『やれやれ、過保護な旦那だな。』

「今まで心配をかけていましたからね…。」


そこまで言うと、途端に肌がピリピリざわざわと何かを感じた。もはや懐かしいと感じるそれは、ワルキューレの歌だろう。


「ワルキューレが来ます!」


流れてくる楽曲に、遺跡が共鳴しているのを感じる。
イシスもまた、ワルキューレの楽曲に合わせて同じ曲を歌い始めた。マルチドローンプレートから展開される増幅機能で、歌声がワルキューレの元まで届くことだろう。遺跡の共鳴がまた少し変わったように感じられる。
イシスとハインツの歌を押し返すように流れ出るエネルギーに、前髪がなびいて視界を邪魔する。



−−−−危ない!!



誰かがそう叫んだように感じた。

次の瞬間、脳裏に様々なものがよぎる。



銀河。
夜空。
海原。

そして途方もない闇のようななにか。



時間が止まっているように感じられた。


「これは……」

「イシス!?」


目の前に、美雲とフレイアが居た。
そんなはずがないのに、たしかに目の前に通常衣装を身にまとった二人が居たのだ。


「美雲、フレイア!」

「え、これ…穴…っきゃあああああああああああああああああああああ」


叫ぶフレイアに釣られて足元を見れば、そこには薄紫色の恐怖の固まりがあった。次元兵器を落とされた、あの哀しい場所のようなそれに、イシスも思わず息をのむ。


「何、これ…」


次の瞬間には弾き返されたように、後ろへ数歩たたらをふんだ。
そこはもう先ほどまで居た暗闇ではなくて、ドラケン改のステージ上だった。


「今のは…」

『敵の歌が止んだ、一気に叩くぞ!!』

『大いなる風にかけて!』

『イシス様…』

「大丈夫!」


マルチドローンプレートを操作しつつ、再生されるオケに合わせて歌い始める。
ザオに照準を合わせていたデルタ5をキースの機体が追っていく。ハヤテの機体はかろうじて、いや、メッサーのデルタ2が見当たらないデルタ小隊は誰もがギリギリの戦いをしていた。主力であったメッサーが居ないというのは一体どうしたのだろうか。
ハヤテが追われる立場で急停止し追い越してしまったキースの背後に回った。あっと思う間もなくキースの機体も急減速し再びハヤテの背後へと回ってしまう。空振りしたハヤテに背後から容赦なく銃弾が飛んでいく。
まさに風に乗った飛び方にイシスは鼓動が高鳴るのを止められなかった。
ミラージュのカラーリングがされた機体も、ボーグの銃撃にエンジン付近を撃たれたのか、地上へと降下していく。


その時、ルンが風を感じた。
正しくは、高揚したキースの感情を感じた。


「ということは、メッサー中尉…」


空から空気抵抗で機体を赤くさせながら降下してくる、デルタ2が見えた。
それと同時に、なにか嫌な予感めいたものも感じて、イシスは顔をしかめそうになるのを堪えて歌い続けた。






2016/09/16 今昔
ヒロインさんの歌う楽曲は、志方あきこの「イゥリプカ」や「Se l'aura spira」という曲をお聞きいただくと、イメージしやすいかと思います。
AXIAの対旋律なんかは一応実際に楽曲を作ってみたので、いつかニコ動とかにアップできたらと思っています。






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