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光り輝く大地
少しだけ、切ない胸
何かを掴みたくて伸ばした腕
空を切る指先
視界に映らない、自分の体
背中には確かに、翼の感覚
遠くから聞こえてくる、弦楽器の音楽
体内へと微かに響く打楽器の刻み
口からこぼれた歌声。
そこで<私>はもう一度顔をあげた。
光を放つ<私>の目の前には、<彼女>が居る。そして<私>の歌声に応えるように歌うのだ。<彼女>が<彼女>であるための唄を。
<彼女>は歌えないのだ。<私>の光が無くては。だから<私>は歌う。<彼女>に歌ってもらうために。<私>によって歌う、<彼女>の歌と、<私>の歌で、世界を包むために。
【13.嘘つきレディ?】
イシスは持ってきていた端末で銀河ネットに接続すると、ワルキューレの新作チェックをすることにした。なんだかんだいって、カナメと同時にケイオスの音楽部門へ移動となった古株であるイシスからすれば、どんなに離れたとしてもワルキューレの楽曲は心の一部のようなものなのだ。振り切ろうと思っても、そうすぐに出来るものではない。そして何より新曲の確認は、イシスが大ファンであるカナメの安否を確認する手段にもなる。
2060年、イシスは父と共にウィンダミアを離れることとなった。
身元の隠蔽を行うべきだという父は統合政府の所属を抜けて、アーネストという人物のつてを使い民間の軍事企業へと移動した。イシスは空を飛ぶということも覚えていたが、年齢の問題から訓練生として新人教育の部門へと参加することとなった。
そこで初めて与えられたのが携帯端末だった。ウィンダミアに居たころからさまざまな音楽に触れ合ってきたが、アイドルの歌を聞くようになったのはこの頃からだったように思う。自分好みの声や曲調を探すうちに見つけたアイドルが、カナメ・バッカニアだったのだ。
そんなことを思い出しながら、イシスは「涙目爆発音」の音源に耳を傾けた。
「少しだけNoと言いかけてしまうけど…」
「何をしている」
ノックとほぼ同時に開けられた扉と、そこからすっと入り込んできた声に、イシスはびくりと背筋を伸ばした。聞き慣れた大好きな声であっても、突然にやってくるのは心臓に悪いというものだ。
”婚約者様”の機嫌を損ねるわけにはいかないと端末の画面を閉じようとしたが、それよりも先に歩み寄ってきたキースの手が端末を持ち上げてしまった。画面にはばっちりとカナメやマキナレイナと、それから昔の仲間であるクレアが写っている。楽曲が丁度移動になり、次の曲のジャケットが表示された。
白地に赤いラインの軍服を着たカナメと、黒地に銀色のラインの軍服のイシスを中心に、両サイドへマキナとレイナ、クレアが映しだされた。カナメから誕生日プレゼントはこれで!とお願いされてはじめてワルキューレと共に歌った楽曲だ。
「…この歌が発表された時、ウィンダミアではちょっとした騒ぎがあったと整備班から聞いた」
「騒ぎ?」
「ウィンダミア出身で童謡や古典音楽をアレンジして歌うことが多かったお前が、ついに地球人の音楽に染まったのかと。そういって嘆いた者たち。それからこういった華美な衣装や歌も似合うと喜んだ者たち。国内のファンも二分化されたそうだ。」
「な、なるほど…そんなにウィンダミアでも私の歌は聞いてもらえていたのね」
自分の知らないところで広がっていたファンの二極化に驚きつつも、イシスは早く端末を閉じてほしくて仕方がなかった。カナメと共に作った楽曲には、遠くて会えない誰かを思う歌詞がふんだんに盛り込まれている。もちろんそれはイシスがキースに対して抱いていた思いであり、カナメが誰かに抱いたかもしれない思いだ。それを本人に直接見られるのはとても恥ずかしい。
今のところ、キースがイシスがどんな楽曲を歌おうと何も言わない。ウィンダミアでのポピュラー音楽ではなく、地球の音楽を歌っても否定的な言葉を出さないのだ。イシスに夢を見すぎている印象のあるボーグからは「やはりイシス様にはウィンダミアの楽曲が似合います!!」と力説されたこともあるが、キースはそういった気持はないようだ。
彼はゆっくりと端末を返してくると、1つ頷いて言った。
「軍服は白い方が似合うだろうな」
「あら、感想はそれだけ…?」
ミラージュが女子寮へ帰宅すると、何やら落ち着かない様子のフレイアがまだ夜の8時だというのに寝室へ戻ってしまった。イシスのことには誰も触れないようにしているが、一番幼い性格をしている彼女には堪えるものがあるのかもしれない。かくいうミラージュだって、目の前でイシスが敵側に寝返ったのを見て、複雑なきもちでいっぱいなのだから。
「ただいま」
「おかえりなさい」
背後からの挨拶に反射で応えると、帰ってきたカナメは「よっこいしょ」と年齢に似つかわしくない声でソファへ腰掛けた。カップでドリンクを飲むカナメに、ミラージュは聞くべきことと、聞くべきかどうか判断に悩むものが脳内を駆け巡った。
メッサーのプレイヤーに入っていたAXIAという曲のこと。その楽曲にまつわること。メッサーのヴァール化のこと。そして、寝返ったという表現ではなく「白騎士に拉致された」と正式報告したイシスのこと。
ミラージュが悩んでただ見つめていると、カナメの方から顔をあげてくれた。
「ん、なに?」
「AXIAって曲、カナメさんですよね」
「あぁ、美雲が来る前。私がエースだった頃の曲ね。それと同時期に、はじめてワルキューレとアルクマーンがコラボしたのよ。」
ベランダへ移動したカナメを追っていくと、彼女の方から彼女のワルキューレとしての生い立ちを聞かせてくれた。以前にアイドルとしてデビューしていたことは知らなかったが、その音楽への情熱と呼べるような何かに、メッサーは救われたのだろうか。そういった色恋のような感情に疎い自信はあったけれど、ミラージュはなんとなくそう思った。
「それからね、私も聞きたいことがあったのよ」
「…はい、なんでしょうか」
まさかと思いつつも聞き返すと、カナメはいつもの優しい顔で「身構えないで」と前置きをしてから言った。
「イシスのことだけれど、彼女、無理に拉致されたというわけではないと私は思っているの」
「それは…!!」
「大丈夫よ、正式な報告として『イシス・パティスーンは作戦中にダーウェントの白騎士と遭遇、そして武力により拉致され安否不明』が上層部に承認されているのだもの。ここから先は、私の勝手な想像だから」
まっすぐにこちらを見ていたカナメの瞳は、ふっと穏やかな光を宿すと海へと向かった。
「イシスとはじめて出会ったのはね、私がケイオスの音楽部門に入った瞬間だったの。最初は私と一緒にマネージャーのようなことをする予定だったのだけれど、二人揃って因子保有者だったからアイドルへ転向したのよ」
「イシスさんも、最初はマネージャーに?」
「ええ。彼女の場合は作曲が出来たからプロデューサーと言った方がいいのかもしれないけれどね。そこで分かったんだけど、イシスってば私のソロ時代のファンだったらしいのよ。『カナメがエースじゃなくなるんだったら、私は絶対にワルキューレに入らない』って駄々こねちゃって。」
思い出したのか吹き出したカナメに、ミラージュはイシスが駄々をこねるところを想像してみた。今では美雲と並ぶ神秘的なアーティストであるイシスが、ヤダヤダという様子は全くもって想像できない。
「それで、仕方なくイシスだけがアルクマーンとして活動することになったのよ。私より前から所属していて、基礎体力の向上っていう名目でダンスや発声を習っていたみたいなの。いざそれぞれが活動を開始してみたら、私たちワルキューレよりもどんどん先に行っちゃってね。あの子の歌は誰かのために作った楽曲が多かったから、これで良かったんだって思ったの。」
「それが…恐らくダーウェントの白騎士……」
カナメはふと顔をあげると、月に向かって手を伸ばした。親指と小指だけが外側へ離れ、中の指3本がくっついたその手で、月明かりを遮るようにしている。そこから人差し指も離れると、中指と薬指が重なってワルキューレのポーズに変わる。
「イシスの中にある音楽はきっと、最初からずっと白騎士のためにあったのよね。そしてきっと、白騎士もイシスのことが大切で大切で、こんな複雑な状況でも側に居たいと願うほどに思っていたのよ…敵に対してあんまりこういうこと言っちゃ駄目だと思うんだけどね。」
カナメが気まずそうに笑ってこちらを向くと、ミラージュにもなんとなくその気持が理解できた。自分の祖父母たちが種族の壁を超えて愛しあったように、イシスだって敵味方の区別なく、ましてもともとは同じ場所で育ったというのだから、愛し合ってしまったっていいのではないだろうか。
もちろん、このままではイシスを奪還するという作戦は発令されないだろうし、戦場で出会った時にこちらの妨害をするようであれば撃たなければならないだろう。それを思うとお腹の中にズシンと重たい何かが入り込んだようだった。
「大丈夫、ですよね。イシスさんなら私たちと戦うようなことにはなりませんよね」
「……私たちと正面きって戦うことになったとしても、イシスが考えて行動したことなら私たちはそれをしっかり受け止めるだけよ」
曖昧に、けれどどこか哀愁漂う笑顔で言ったカナメに、ミラージュは心臓がぐりっとえぐられたように感じた。
2016/09/16 今昔
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