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「以上が、太陽の歌姫とも呼ばれた少女のお伽話です」


ロイドから語られた想像を絶する内容に、イシスは身震いした。少女がウィンダミアのためにその身へと神を降ろし、そして燃えるような歌で大地を照らし、文字通り燃えて消えていった少女のお話。風の歌よりもマイナーな神話だそうだが、ロイドが語るそれは夏に聞きたかったと文句を言いたいくらいに涼しくなった。
ウィンダミアへと向かう艦の中、二人がけのソファにイシスとキースが、その反対側の一人がけのものへロイドが腰掛け、紅茶を飲みながら話し始めたはずだった。ルシェ・サーラの話が進むにつれてイシスが口へお茶を運ぶ回数が減り、だいぶ苦くなってしまっただろうお茶と、食べる気にはならないお茶うけがテーブルの上に並んでいる。


「それで。そのルシェ・サーラがイシスだという確証は」

「ハインツ様と同レベル…いや、それ以上の遺跡との共鳴率。ワルキューレの生体フォールド波と呼ばれる特殊なものをかき消す力。実際に今一番ヴァール化に効果があると地球側が言うワルキューレを超えるその能力。それこそが証明だ」

「私が…、ルシェ・サーラ」


ロイドが言うには、今までアルクマーンとして発表してきた楽曲も研究してみたが、微弱ながら先日の歌と同じ波動を含んでいること。またイシスが持っているフォールドレセプターは本来ワルキューレのエースと張り合うほどの数値ではないということだ。もちろん、それを意思のちからで伸ばし、美雲と並んでいたということは事実であり、イシスの歌唱力が本物であることは保証すると言われた。


「そもそも遺跡と共鳴って…各惑星に存在する遺跡は、遺跡から惑星の中心へ向けてエネルギーシャフトが伸びているということまでは、私達も把握していました。けれどそれが一体どんな時、どんな意味を持つのかは知りません。一体共鳴って…」

「その名の通り、遺跡が発動するのですよ。ハインツ様やあなたの歌によって」


イシスには分からなかった。今まではヴァール化を鎮静するためにと、宇宙に住まう全ての人々のためにと歌ってきたその歌が、実はウィンダミアにルシェ・サーラという神話として伝わっているものと酷似していること。今まで歌ってきた自分の人生が、全て神話になぞらえられているのだとしたら、イシスはこの先どうなってしまうのだろう。






【12.ただいま、雪原】





場所は変わりウィンダミア。
懐かしい雪景色の惑星へと降り立ったイシスを見て、一番に驚いたのは艦やドラケンの整備士たちだった。口々にイシスの父の名前やイシスの名前を口にし、お久しぶりでございますと頭をさげるのだ。イシスがその様子に驚いて目を丸くしていると、手を引いてエスコートしてくれていたキースが「挨拶くらいしてやれ」と困ったように笑った。持ち上げるべきスカートがないので、軽く膝を折る挨拶をし、イシスが覚えていてくれて嬉しいということを告げれば、彼らは嬉しそうに仕事へ戻っていく。
さり際に幾人かが制服が似合っていると言ってくれたのが嬉しかった。

イシスはまず国王陛下へと謁見し、驚かれたし、驚かされた。寿命が近いためか寝たきりとなっていた国王は、昔見た時よりも肌の劣化が進んでおり、見ているこちらが辛いほどであった。国王の方も、まさかイシスが戻ってこられるとは思っていなかったらしく、ロイドが説明した世間への発表内容に異論はないと告げると、帰還を喜ぶ言葉と、荷物が何も無いのでは不便であろうからキースと共に服を仕立てるようにと言ってくれた。


「それにしても、いいのかしら。」

「どうした?」


キースと並んで歩き、急遽城の客間とは別意に用意されたイシスの部屋へと案内されながら、イシスはふと思った。


「仕立てて良いと仰ったけれど、私、ウィンダミアの流行には疎いのよ。」


そこまで言ってから、国王陛下がわざわざ「キースと共に」という言葉を付け加えた意味がわかり、慌てて付け足した。


「だから、形も布もキースにお願いしたいの。お願いしてもいいかしら」

「当たり前だ。昔のように男のような格好で訓練にのみ励むわけではないのだからな。淑女として社交界へ出ても問題が無い程度には、色々と教えてやる」


そっけない内容とは裏腹に嬉しそうに弾む声から、キースもかなり乗り気であることが察せられた。それから二人はメイドに案内された部屋で、クローゼットを開けてみた。ボーグが選んだという普段着用のワンピースが3着かかっており、好みに合わせて色を選んで欲しいという伝言をメイドが伝えてくれた。
謁見という短い時間で用意してくれたボーグに感謝しつつ、イシスは動きやすいからと言って着替えることはしなかった。ヴォルドールから着てきたヴォルドール民族衣装のワンピースと、その下に来ていたケイオスの制服をクローゼットへしまうと、椅子に腰掛けていたキースへ向き直った。

シックな色合いに落ち着いた灰色とも呼べる白色を基調とした部屋に、深い茶色のアンティークなテーブルと2つの椅子のセット。天蓋付きのクイーンサイズであろうベッド。改めて見回すと、シンプルながら上品な部屋だ。キースの軍服が部屋の中では少々豪華すぎるような気もしたが、色合いは落ち着いているのでいい絵になりそうだ。


「キース、一応テーブルマナーやらお作法は覚えているのだけれど、最近のウィンダミアであったことを聞かせてほしいの。」

「…お前が、追い出された後のことか」

「そうよ、私がウィンダミアを去ったことについて、こっちの人たちにはどんな風に認識されているのかしら」


イシスが問うと、キースは少し複雑そうな顔をしたが、いいだろうと言うと椅子を差した。言われた通りに腰掛けると、イシスは控えていたメイドにキースが好むものがあればとお茶を頼んでからキースへ向き直った。


「アーガイル・パティスーンは、空中騎士団から厚い信頼を得ていた。時には厳しく接する教官だったそうだが、そういうところが信頼に値するのだと、聞いた。

 パティスーン卿ははじめ『ウィンダミアのために飛ぶ』と言ったそうだ。妻が風に召されたというのなら、その風を守るために飛ぶのだと。けれど現国王はパティスーン卿と娘には地球人の血が流れていることを指摘し、彼らが無用に傷つくのを避けるために国へ帰るよう言ったそうだ」

「追い出された、というよりも…父を思ってのことだったということ?」

「ああ。空中騎士団や整備士たちは泣くほど辛い思いをしたと聞いた。しかし実際、お前の命を狙う者が現れた。そこで卿は決意したのだろうな。妻が召された風の吹く場所から去ることを」

「私が狙われた?」

「身近に居る『地球人』だったからな。空中騎士団の戦術顧問などという人物には勝てないだろうが、幼い娘であるお前ならばと考えた人間が居たのだろう」


初耳である情報にイシスは眉根を寄せた。自分が狙われるような立場だなどとは考えたこともなかった。言われてみれば確かに、今までは「友愛の証」であったハーフという存在は、戦争が始まってしまえばいい的でしかない表裏一体、微妙なバランスが要求される立ち位置だ。独立戦争が始まってしまったのだから、イシスが狙われてしまうことも仕方のないことのようにも思える。


「だからこそ、改めて問う。イシス、お前は一体なんのために歌う」


イシスは目を閉じた。
幼いころに見たどこまでも続く銀色の雪原。その上をゆったりと漂う分厚い雲。痛い程に冷えて、澄んでいた空気。そしてその中で歌う歌。
どれもがかけがえのないものであり、そして何より、イシスがウィンダミアの様々な風景や事象から影響を受けてうたった歌を、キースが好きだと言ってくれた。

美雲やカナメたちワルキューレや、ケイオスの皆のことを思わないわけではない。しかし残り少ない人生を歩むのならば、やはりキースの隣しか考えられないのだ。


「私、あのランドールでドラケンを見た時、真っ先にあなたが分かったわ。迷いなく風を渡っていくあの飛び方は、キースのものだと。イオニデスで戦った時、ボーグが私を見つけてくれて嬉しかった。何より、私の歌を騎士団の皆が感じてくれていたことが嬉しかった。」


男性は結論を急くというが、キースは遠回りなイシスの話を穏やかな顔で聞いてくれていた。


「放漫なことを言うけれど、確かに、私の楽曲を待ってくれている人は世界中に居るのかもしれない。」

「ああ、居るだろうな。冷戦中であるというのにウィンダミアでもアルクマーンの名前はよく聞いた」

「ならば尚の事こう思うのだけれどね、私はウィンダミアに住まう人を守りたい。小さい頃の私を育ててくれた、私の音楽の基盤を作ってくれたウィンダミアに恩返しがしたい。…ヴァールについては思うところもあるけれど、でも何よりもね」


イシスは顔をあげると、キースの綺麗な瞳をまっすぐに見つめた。女性と言われても納得するほどに滑らかな美貌に息をするのも忘れるのではないだろうか。


「私の歌を、風を、キースがその翼に受けてくれるというのなら、私はあなたのために歌いたい。」


キースの顔からふっと力が抜けて、柔らかく、蕩けそうな笑みがあらわれた。それを見て、イシスにも彼が少しだけ緊張していたのだろうことが分かった。
再会してからの短い時間で分かったのは、普段の笑みは雪山に射す一筋の光のようなものだが、イシスに向けるものは蛍と見まごうほどの柔らかな雪のような笑顔であるということだ。無意識なのかルンも穏やかにほんのりと色づいている。


「そうか。ならば、1つ提案がある」

「なにかしら」

「いや、提案というのも失礼な言い方かもしれないが……イシス、婚約をしないか」

「は?」


驚愕に、ルンの色が白くなった。
頭のなかが、真っ白になったのだ。


「国王陛下にも了承を得ている。お前の立場を国内で守るためにも、こうするのが一番だ。」


イシスはキースの言葉に何も返すことができず、ただまっすぐに見つめ返すことしかできなかった。








2016/08/09 今昔




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