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※若干の替え歌注意




「きたわね」


立体映像による衣装チェンジを行った美雲は、響いてきた風の歌に耳を傾けた。前回の風の歌と、それの対旋律が聞こえてくる。異国情緒ただよう神秘的なメロディは、イシスがアルクマーンとして作った楽曲によく用いられる構成によく似ている。まさに神聖な森をそよぐ風といったその旋律は、美雲の心のどこかをひっかいてくる。


「あの時と同じ。ヒリヒリ、痛い…」

「でもこの前より全然強いっ」

「まさか、遺跡やイシスの歌と呼応して?」


カナメの推測を裏付けるように、遺跡に刻まれていた模様が青く輝きだし、科学では立証できないような不可思議な現象が起きた。美雲はそれに驚くでもなく、むしろ納得してしまった。そもそも歌声でヴァールをマインドコントロールなど、現実的な話ではないのだから。


「風の歌い手…でも、この歌、色がない。」






【11.太陽のような歌を】





イシスはキース専用のカラーリングが施されたドラケンの座席後部に乗り込むことを希望した。より命の危機にさらされる方が歌の力が強まることは、ワルキューレが実証してくれている。ハインツの補助をするにしても、ワルキューレとともに歌いその能力を阻害するにしても、はたまたキースのために歌うにしても。キースの側で戦場に立つことが一番だと思ったのだ。
もとよりジークフリートと異なりツーシートではないが、人が立てるスペースは存在する。そこに無理に乗り込むことをキースが渋々ながらも承知したのは、ロイドが「その方が歌い手としての能力が発揮される」と強く進言したからに他ならない。その口添えがなければイシスは断固遺跡に置いて行かれたであろう。
アルクマーンやワルキューレだってマルチドローンプレートを使ったり、VFに取り付けたワイヤーを持って機体の外側に乗ったりするのだ。それに比べれば遥かに安全な場所と言えよう。もっとも、機体に取り付くようにして歌うのは美雲とイシスだけであったが。


「やはり遺跡に…ハインツの元に居た方が良いのではないか?」

「あら、まさか我が愛しの白騎士様が撃ち落とされるなんてことはないでしょう?ここが一番安全ですわ」


台詞がかって言うと、返事はなかったが満足そうに微笑んだキースがドラケンのエンジンを起動した。ジークフリートよりも若干低い音のエンジン音が、体に響いて心地よい。

ドラケンは風にのり音もなく飛ぶ烏のように、滑らかに飛び立った。対面する方向からジークフリートが舞い降りてくる。爪に埋め込まれた端末を呼び出せば、まだケイオスの情報網へアクセス権が残っているようだ。


「キース、彼らはいつもどおりの5機編成。フォーメーションは今後左右の2機が入れ替わるようにして螺旋状になるわ。そのまま散開して各個撃破を狙いつつ離脱するつもりのようね」

「了解。あの死神も居るのだろう?」

「ええ。彼も飛んでいるわ。前方デルタ5、青い機体の援護に入ってる!」

「見つけた…!」


キースの視線がメッサーを捉えたのだと把握すると、イシスも聞こえてくる美雲の「NEO STREAM」に合わせ歌い出した。機体が大きく右に旋回しながら降下し、地上の森すれすれで逆旋回。互いの場所が入れ替わり立ち代りし、再度上昇していく。振り切ろうとするメッサーにか必要最低限の旋回で距離を詰めるキース、それなのに追いつかれないメッサー。どちらも凄腕だと賞賛したい腕前だ。しかし、訓練の時と比べると幾分メッサーの動きが悪いような気がする。
イシスもイシスで、揺れる機体の中で美雲の歌を相殺するために歌い、キースを飛ばす風を起こすために歌う。


「動きが鈍い。手負いか」

「ワルキューレリーダーからの報告に、彼が腕を打たれたとあったわ」


言うと、メッサーのVFから風の音にも相当するような乱気流が吹き荒れた。イシスとキースのルンがそれを受けてゾワリと逆立ち、次の衝撃を待ち構えるように浮く。その直後、研ぎ澄まされたルンに、イシスはフレイアの風を感じた。フォールド波を通じて、フレイアの纏う可愛らしく元気な風が活性化したことが分かる。


「フレイア…あの子は……」


ケイオス側の端末を見れば、フレイアの生体反応はハヤテの直ぐ側にある。近くにはヴォルドール軍の機体も確認でき、命の危機からか何かの思いからか、フレイアのスイッチが入ったことは確かなようだ。
美雲にも引けをとらないその歌と力に、イシスは一気に気持ちがしぼんでいった。ベテランの歌手として、戦術音楽ユニットとして活躍してきたイシスのフォールドレセプターは安定している。逆に言えば、ちょっとやそっとの逆境ではリミットを超えられないということだ。フレイアのこの力は、今イシスが歌える歌では負けてしまうかもしれない。それほどにこの歌からは何か”思い”を感じた。
キースのドラケンコックピットのサブウィンドウに映っている空中騎士団を示すポイントも、先ほどから動きが鈍っているようだ。


「この風…」

「あの子の歌だわ。私より…ずっと強い、風…明るくて輝いている、暖かな蝋燭の光のような色…」

「っ…イシス、汚れた風を払ってくれ。私に風を…!」


忌々しげに歪められた横顔がでチラリと横目に見られ、気がついた。あの日、誕生日に貰ったピアスとお揃いの、彼のピアス。イシスが貰ったものには彼のルンと同じ色の石が填め込まれているが、彼のものにはイシスのルンと同じ色の石がはまっている。
じんわりと胸に拡がる暖かさに、イシスは息を吸った。

ここで挫けてはならない。
ワルキューレという世間からの絶対的な信頼や地位、様々なものを捨てなくてはならないのだから。彼のためにそうすることは、全く苦に感じられない。理由は単純だ。



「…あの頃のように 歌が聞こえたら…

 −−−−愛しき君よ 今ここに居るよ
 −−−−光る風と 二人の世界
 −−−−高く遠く 飛べるはずだから
 −−−−見えない空へ 翼広げて…」



ワルキューレのメインボーカルよりもオクターブ下。キースの耳に心地よく響いた楽曲は、フレイアの風を上書きするように、もっと大きな穏やかで暖かな風を起こした。ここに居ない誰かを思って切なく歌う歌詞が、イシスによって幸せな今に感謝を述べる歌へと変わった。戦場に吹く風がまたイシスのものとなったことで、ボーグがバーニアを吹かして遺跡へと降りていくのがセンサに映った。
たったワンフレーズで風を帰る彼女の能力の高さに驚きを隠せず、そして高揚する気持ちを隠せない。

イシスがデルタ5と読んだ機体に喧嘩をふっかけに行ったボーグが、突如として妙に動きが良くなったデルタ5に、綺麗に右脚部を撃ちぬかれて落下していくのが見えた。あのデルタ5は、確実にコックピットを狙えたところを、あえて脚部へと目標を変更したようにも見えた。風を読み自在に宙を舞うような飛び方に、興味をひかれる。


「ボーグ…!!あの子は…ッ!」


忌々しげに唸ったイシスの纏う空気が変わった。唐突に歌い出したアルクマーンの楽曲に、ワルキューレの歌声が遠のく。しかしケイオスの5機とワルキューレを乗せたであろう移動艦は空中騎士団の最後の土産と言わんばかりの砲撃を回避し、それでも死神だけは打ち返してきたが、編隊を組んで飛び去っていった。



元はヴォルドールとの首脳会談のために訪れたロイドの護衛である空中騎士団は、任務終了と共にウィンダミアへと帰還することになった。破損したボーグの機体を収容し、その他の無事な機体も母艦へと積み込まれると、イシスはキースの案内で艦内へと足を進めた。
ケイオスのものと大差ない技術で作られているらしい艦内は、効率を考えるとどうしても構造が似てくる。なんとなく雰囲気は似ていると思いながら歩いて行くと、正面から白い装束に身を包んだロイドがやってきた。彼はにこりと笑うと胸元に手を当てて恭しくお辞儀をした。


「お久しぶりですね、イシス・パティスーン。先ほどの太陽の歌<ルシェ・サーラ>、見事でした」

「お久しぶりです、ロイド宰相」


イシスがキースの前へ出て、スカートの裾をかるく持ち上げ片足を半歩下げる正式なお辞儀をしてみせると、ロイドはイシスの右手をとって礼儀正しく淑女への挨拶としてくちづけた。背後からキースが苛立たしげに鼻をならすのが聞こえたが、挨拶を無下にするわけにはいかない。幼い頃の教育が今になってイシスの行動に生きているとは、キースも分かってはいるのだろう。


「ロイド宰相、ルシェ・サーラというのは…?」

「神話に登場する太陽を呼ぶ娘、彼女の歌のことですよ。ウィンダミアへの道すがら、お話差し上げようと参った次第です」

「ロイド、まずは彼女の着替えを用意させろ。こんな露出の多い服装でウィンダミアには戻れない」


背後からかけられたキースの言葉に、イシスは自分の格好を見下ろした。スカートは背後がロング丈だが、前方はミニ。ワルキューレとしてホログラムでの衣装チェンジを行うために身軽な格好をしているせいで、確かに体のラインは良く分かるし、太ももや肩が出てしまっている。寒冷地であるウィンダミアへと向かうには、あまり良い格好とはいえないだろう。


「なるほど、白騎士殿はよほど彼女が大切らしい」

「……馬鹿を言っていないでさっさとしろ。」

「否定はしないのだな。承知した。」


ロイドはくすりと笑うと「それではキースと共に適当な場所でお待ち下さい」と言い残し、どこぞへと女性ものの服装を探しに行ったらしい。なんとなく照れくさくて、イシスはキースを見上げることなく言った。


「その、ロイド宰相をお待ちするのは、どこになるのかしら」

「仮の私室がある。」


自然と差し出された肘に反射的に手をかけてから、先ほどのロイドのからかいにキースは照れたりしないのだろうかとちらりと見あげれば、お揃いのピアスの向こう側に見える頬はほんのりと赤かった。

キースが艦内へ滞在する間利用しているという一室へ通され、ほんの数分の内にロイドがドアを叩いた。楽しげに笑う彼が持ってきたのは、なにやら大きめの紙袋であった。ロイドの胸元に抱えられているそれは、イシスには身長の関係で覗けない。隣に居たキースには一足先に見えたようで、途端まゆがしかめられる。


「申し訳ございません。イシスさん。ほどよい大きさのものがこれしかなく」

「ちっとも申し訳無さそうに聞こえないのだがな、ロイド。しかもよりによって」

「キース、少し黙っていてくれ。さあイシスさん、あちらのカーテンの向こうで着替えられたほうが…気になるようでしたら私もキースも退室しますので」


ロイドとキースのやりとりを聞きながら紙袋を受け取って、中に入っていた白い布を広げ、イシスはうっと小さく声をあげた。
黒地に鈍い金色のラインが入ったパンツと、茶色のニーハイに近い丈のブーツはまだ問題ない。これしきステージ衣装で慣れている。ホログラムであるため実際に着ているわけではないが、そういった服装の自分を見たことがあるので抵抗がないのだ。
しかし、黒いワイシャツに紺色に近い青のベスト、上着には白地にパンツと同じ色のラインが入った、長袖で、襟元から下が逆三角のような形になっている。つまるところ、ロイドが着ている文官向けのジャケットなのだ。


「なるほど。」

「なにがなるほどだ。せめて武官のものはなかったのか」


問題はそこではない。


「仕方がないでしょう。やんちゃ盛りのあなたの部下たちが傷めたり汚したりと、制服と取っ替え引っ替えしたばかりなのですから」

「あいつらは一体何をやっているんだ」


どんどんと機嫌が悪くなりそうなキースに、イシスは苦笑いして紙袋から上着以外を取り出した。


「ロイド宰相、ありがたいのですが白騎士様から似合わないとのアピールを受けましたので、こちらだけお借りします」


白い上着のみを紙袋へ入れて押し返すと、ロイドは「それは残念」と然程残念ではなさそうに言った。彼はきっとキースをからかう格好のネタとしてしかイシスを見ていないのだろう。イシスは早々にベッドの横にある簡易フィッティングルームのカーテンを引きながら中へ入ると、躊躇うことなく身につけていた制服を脱いだ。
この制服を脱ぐことで、ケイオスとの、ワルキューレとの、決別ができるような気がした。そこまでして懸命に過去を振り払おうとする行為こそが、過去に囚われている証拠であると自覚しながら。










2016/07/22 今昔




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