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「ほんっと、役にたたない。やっぱり新メンバー募集じゃなくってイシスをメンバーに迎えるべきだったのよ」
フレイアを大きな木に押し付けた美雲の声に、フレイアははっと顔をあげた。美雲は若干苛立ちを表へと出しながらかぶっていたフードを外した。振り返った美雲を確認して、気まずげにミラージュの銃口が降ろされる。
「遊んでいる暇はないんじゃない?」
イシスがようやくハヤテたちに追いついたのは、美雲の手のひらに乗っている昆虫型のドローンから映像を見ているところだった。小型ドローンから映しだされているのは、見知ったロイドの顔と、それからこのヴォルドール人特有の顔立ちをした壮年の男性だった。
美雲の端末の機能が切り替わり、10を超える数の画面が映し出される。それはどこも赤い絨毯を敷いたどこぞの邸宅のようだった。
「極秘の政府間協議ですか」
「ええ、少しは役にたつ情報が得られるんじゃない?」
「こんなに…いつの間に仕掛けたんですか」
「イシスがあなたたちの面倒を見ながら、少しずつ飛ばしてくれていたのよ。私が仕掛けたものと合わせて20ちょっとかしら」
そのうち1つ画面に、ロイドとヴォルドールの代表らしき人物が向い合って座る場面が映しだされた。ロイドの方の顔がアップになる。
「あ、ロイド殿下」
【08.あの風をもう一度】
「侵入者だ。防空管制がハッキングされた形跡がある」
「そうか」
ヴォルドール代表邸宅から出てきて早々にかけられたキースの言葉に、ロイドは少々面倒臭さを感じた。このタイミングでやってくるのはワルキューレとケイオスという傭兵集団だろう。いつか介入してくるだろうとは分かっていたが、それでも面倒事は面倒だ。
何より、ワルキューレが居ると分かればキースが黙っていないことは簡単に想像がつく。弟であり王子であるハインツに言われるまでもなく、彼が幼き日から求めている歌い手を取り戻そうとするだろうからだ。
「ワルキューレは、居るだろうな。自分たちのことを戦術ユニットと呼ぶくらいなのだから」
「居る。少なくともイシスがこの星に居る。」
「なに?」
「感じた。あいつの感情はどんな些細な風でも感じ取ることができる。あの戦場でも、合うはずも無い距離で、機体越しに目があった」
その目は真剣そのもので、嘘を言っている風でもない。本当にイシス・パティスーンという少女がこのヴォルドールに居ると信じきっている顔だ。
ロイドとキースの間を、小さな虫が飛んでいった。
ロイドとヴォルドール代表の会話から、ウィンダミア側はパラガナル遺跡の調査を行っていると判明した。地球人やウィンダミア人をはじめとする様々な人間を生み出したプロトカルチャー、その遺跡なのだそうだ。
「クモクモ、アルアル、おつかれ!」
「おつかれ」
「お疲れ様」
森の中で合流するとマキナがワルキューレお決まりのピースサインを合わせる挨拶で迎えてくれた。これをすると、まるで自分もワルキューレの仲間になれたような気がする。
ひとまずは顔を拭って民族化粧のようなものを落とし、ついでに耳も外す。個人的に猫耳は嫌いではないのでちょっともったいないような気もしたが、任務だから仕方がない。
同じようにメイクを落とした美雲に並ぶと、そっと端末を見せられた。今日、彼女が一人で見て歩いてきた成果だ。お互いに共有していたものよりも少しだけ情報が増えていて、美雲の隠密行動能力の高さを思い知らされた。
「流石美雲ね」
「イシスもなかなかじゃない。お荷物があれだけあったというのに」
「お荷物なんて言うもんじゃないわ、愉快な仲間たち程度にしてあげて」
「ところでイシス、あなた、この風を感じる?」
言いながら遺跡へ目を向けた美雲と同じようにイシスも遺跡を目で追えば、彼女言いたいことはよく分かった。他の場所では感じられない雰囲気、風が感じられる。安心感を覚えるようでいて、その自身の心の変化に不安感すら感じるような、複雑な風だ。
「分かるわ。変な感じのする風ね。遺跡っていう言葉にぴったりだとは思うけれど」
「ちょっと一人で行ってくるわ。後はお願いね」
「はーい」
「…見ててください美雲さん、こんどこそ役に立つところ…を?」
イシスが手を振り見送り美雲が去ったところで、フレイアが振り返った。
あんだかんだと騒いでいるあいだにマキナレイナの分析が完了したらしく、美雲以外の全員が揃って潜入を開始した。二人の得意分野を掛け合わせることで、敵偵察ドローンも頑丈な鉄柵も、電子ロックも物理ロックも見る間に解除されていく。潜入捜査に最も有利なのはこの二人なのかもしれない。もちろん、美雲もだが、
最後に壁をうさぎの形に切り取ると、湖のようなものの中心に塔が立っている場所に出た。塔の下には陸地があり、そこへ続くように通路が作られている。パッと見は深層水の組み上げ機といったところだ。
「とうちゃーく」
「遺跡の下にこんな大きな地底湖が…」
マップを見ながら進んでいく。地上のジメジメを忘れさせるような少しひんやりとした空気が、ワンピースの中へと入り込んでくる。
「センサーも監視カメラも、ばっちりぐっすりお寝んね中!」
「警備兵、次の巡回まであと30分」
それを聞くとイシスは水辺へと向かった。地底湖の水を小さなカップに紐を取り付けて救い上げ、分析装置にかけてみるも、普通の水であるようだ。特にこの水が重要というわけではないらしい。
メッサーが見つけてきたというペットボトルをもらうと、やはりイシスも見たことがある軍にも供給されている水だった。
「これまでのヴァール化発症、軍関係者が61.4%」
レイナが思いついたと言わんばかりにペットボトルの水を分析してみるが、イシスが地底湖の水を直接解析したものと内容は変わらないようだ。
周辺を調べてみるも、フレイアがウィンダミアアップルを見つけてきた以外に、特に変わったものはないようだった。
びーっ びーっ
耳につく嫌な警報音が鳴り響いた。全員に緊張が走る。イシスも即座に端末をかばんへしまい込むと、貰ったペットボトルは適当にタンクの足元へと追いた。
「見つかったか」
「セキュリティは全部レイレイが握ってるのに…」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ。美雲とも合流しなくちゃいけないもの。カナメ、どうする?」
「マキナとレイナは脱出経路確保。ミラージュたちはサンプルを回収して」
「はい!」
「守備はよろしく、メッサーくん」
「了解」
カナメのてきぱきとした指示に、ミラージュとハヤテは林檎と水の回収を、マキナとレイナは端末を操作して必要箇所のチェックを、メッサーとイシスはそれぞれ銃火器を手にして通路の両端をカバーした。
相手は恐らくヴァール化しマインドコントロールを受けているヴォルドール人だろう。ちょっとやそっとの相手であれば勝てる自信があった。
その切羽詰まった状況で思考が研ぎ澄まされたのか、してやったりという顔でハヤテが突如として立ち上がった。
「イシスさん、ナイフ持ってます?」
「あるわよ、どうぞ。何をするつもり?」
「あり得ない組み合わせ、混ぜるな危険。ちょっと試したいことがあるんで、さっきの水を分析出来る装置だしてください」
イシスがしたがって、カプセル型の装置を取り出すと、ハヤテは林檎を一口サイズに切り取って、ペットボトルの中へと入れた。イシスに向けて差し出されたので、カプセルをペットボトルへ入れると、蓋をしめて今度はレイナへと差し出した。彼の思惑を把握したらしいレイナがそれを受け取ると、上下に勢いよく振るう。
マキナの端末に表示された内容は、恐るべきものだった。
「ポリフェノールとボルト重炭酸塩が結合……高濃度のセイズノールを検出…!?」
「やってくれるわね…ここの水とウィンダミアアップルを取り込むと、体内でヴァール化を誘発するセイズノールが合成される。」
「恐らくだけれど、他の遺跡にも同じような成分の水があって、ウィンダミアはそれを利用して人為的にヴァール化を発生させているのでしょうね。我が故郷ながら、恐ろしいわ…」
「さらにそれをマインドコントロールできる風の歌があるのよ。事態は深刻だわ」
話がよく分かっていなかったらしいフレイアが、イシスとカナメの説明に息をのんだ。
重たい空気が流れそうになったのを感じたらしいカナメの指示で、全員は慌てて荷物をまとめると走りだした。既にマキナとレイナが脱出に必要な経路を作ってくれているらしい。先頭に道が分かるレイナとメッサーを、最後尾にメッサーと同じく武装したイシスを置いて、全員で走りだした。
「次を左!」
すると、どこからか美雲の歌声が聞こえてきた。ワルキューレの曲を歌っているらしい声に、思わずイシスの足が止まる。同じように歌声を感じたらしいフレイアも、美雲の名前を呼んで立ち止まる。
「なにやってんだ!」
「急いで!!」
二人が立ち止まったことに気づいたらしいハヤテとミラージュが戻ってきたその背後で、シャッターが閉じた。己の失態に舌打ちすれば、驚いたらしいフレイアの両肩が跳ねた。
シャッターの向こう側からカナメがイシスを呼ぶ声がした。
「カナメ!先に行って!」
「すぐに追いつきます!」
イシスに続いたミラージュに、メッサーから任せるとの返事と足音が聞こえてきた。あちらは武に長けたメッサーと知に長けたカナメが居るので問題ないだろう。
どうにかシャッターを開けられないかと探るも、緊急時用のそれに臨時操作のパネルなどは見つからない。背後から聞こえてきた敵のものであろう足音に焦っていると、ガシャンと音がした。振り返ればハヤテが通気口の金網を外している。床に接するようにあった通気口に、イシスはためらうミラージュとフレイアを押し込んだ。
「金網は締めてね」
「オッケー」
小声でハヤテへ伝えると、イシスも垂直に近い滑り台へと身を躍らせた。
先ほどの美雲の歌といい、フレイアと自分はどうも遠くの風を感じることができるらしい。それは遺跡の空気を風と表現した美雲も同じかもしれない。
敏感に風を感じてしまうその能力が、告げていた。会いたい。会えそう。会いたい。ハヤテもいい風を感じるが、それよりももっと強く凛々しく清らかな風。
「キース、どこなの…」
会って、どうしたいのかは分からない。今は敵同士。キースの方はもう会いたいと思っていないかもしれない。もしかしたらイシスのことは忘れているかもしれない。
けれどひと目でいい。会いたい。彼の風を感じたいを思ってしまう心を、ルンを、止めることができなかった。
2016/07/19
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