桜は本丸で着用するのは学生服と決めた。なんだかんだいって、人出が増えるまでは自分が家事をこなさなくてはならないし、鍛刀部屋や手入れ部屋、その他生活に必要な場所を行き来するためには洋服が楽だったのだ。
篠からのお使いである大和守安定もとくに嫌がる様子も見せなかったので、桜はありがたく制服で過ごさせてもらっている。

桜の率いる本丸には、今現在一振りの打刀しかいない。それも篠からの借り物だ。


「まずは、鍛刀…だよね」


居間で朝食を摂りながら、オコタの反対側に座っている安定に声をかけた。


「え?今更?」


思った以上に冷たい声を返され、桜はうっと言葉に詰まりながら、どうにかそれをお茶を飲んでごまかした。
この安定は、篠への忠誠心が強いのか、桜をあまり認めていないような節が多い。これは昨日知り合ったばかりでもはっきりと分かるほどのもので、桜はじわじわと精神を削られているような気がする。

もとより、この沖田総司に振るわれていたという打刀は、ここへ来ることに気乗りしていなかったのだろう。主からの命令であるとはいえども、他の人間の場所で過ごすだなんて気が進むはずもない。


「ともかく、一度鍛刀をしてみたらいいんじゃないの?篠みたいになろうだなんて、君みたいな甘ちゃんには無理だろうけどさ」

「……分かってます。山城を束ねる審神者様に追いつこうだなんて、そんな恐れ多いこと思ってない。」

「…ふうん。」









【 桜舞う物語 02 】










安定を連れた桜が鍛刀部屋の式神たちに材料の分配をお願いすると、彼らはテキパキと自分の仕事をはじめてくれた。長い場合には一時やら二時といった時間がかかるらしいこの鍛刀という作業は、今回は一刻半程度で完了できそうだ。
家事を済ませ、もう一度鍛刀部屋へ戻ってみればそこには一振りの打刀が完成していた。今回の鍛刀で縁を結んだ刀は赤い鞘にうっすらと反りのあるシルエット。


「へえ、よりによってコイツが来たんだ。なんだろう、こういうことも分かってて、篠は僕を寄越したのかと思っちゃうよね」

「知り合いなの?」

「まあね」


桜はその様子からやはり知り合いなのだろうと予測をつけて、鍛刀されたばかりの刀剣を持ち上げた。口の中で、一度復習をしてから口で唱える。
大切なのは、ここへ来て欲しいと願うこと。それから、自分へ付き従うように念じることなのだと、篠から聞いている。


「南無成就須弥功徳神変王如来(なむじょうじゅすみくどくおうにょらい)」


この刀剣に宿る付喪神が、もしも私と縁を結んでくれるのならば。
この世界が歩んできた道のりを、正しく残そうと思ってくれるのならば。
どうか一緒に戦って欲しい。

私には何も力はないけれど、あなたならば、きっと悪しき者を倒すことができる。
だから私のちからとなってほしい。

そう念じると、不思議と両手に持った刀が暖かくなったような気がした。

ふわり、そんな柔らかい風とも言えない空気の動きに目を開けば、目の前には黒髪に赤い瞳をした青年が立っていた。身長は安定と同じくらいだろうか。


「なに、あんたが新しい主なの?俺は加州清光。川の下の子、河原の子ってね。」

「加州清光…、はじめまして。私は桜。あなたを呼び出した審神者だよ。お願い、力を貸して」


加州清光と名乗った刀剣は、小首を傾げて桜の顔を覗き込んだ。光の当たり方でところどころの髪の毛が赤く見える。


「俺のこと、ちゃーんと着飾って可愛くしてくれるなら、いいよ。」

「もちろん!せっかく本丸に来てくれたんだもん、仲良くしよ!」


桜が意を決してそういえば、清光は満足したように微笑んだ。
直後、「首堕ちて死ね」などと物騒なことを言いながら拳を振り上げた安定と、一瞬何がなんだか分からないといった顔をした清光が喧嘩をはじめたのは肝が冷えた。しかし、やはり旧知の仲だという二人は、どことなく楽しそうに本丸の中を歩き始めた。

本丸の中が少しだけ賑やかになる予感を感じながら、桜は篠に連絡を入れようと思い立った。安定の知り合いが本丸へ来てくれたことを伝えれば、少しは篠の憂いが減るのではないかと思ったのだ。


「ねえ、二人はどういう知り合いなの?」

「はあ。あのね、加州。僕らの主である桜は、歴史とか僕たち刀のことに明るくないんだって」

「女が軍事に詳しいっていうのも可笑しな話だし、別にいいんじゃない?俺と安定は沖田くんが前の主なんだよ。使われてた時期はちょっと違うけどね」


にっこりと微笑んだ清光と、うっすらと不満を隠すような笑顔を浮かべた安定に、桜は背筋がゾワリと粟だったような気がした。
安定は桜をどのように思っているのだろうか。桜自身が呼び出した刀剣の付喪神、清光の方はこちらに良心的に見える。やはり審神者の違いが態度にも影響しているのだろうか。さっぱりわけがわからない。


(先行き不安だな…)


桜は、やはり今夜は篠に連絡を入れるべきだろうと思いながら、二人と一緒に本丸の案内をはじめたのだった。












2016/01/12 今昔




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