横一閃。
煌めいた刃の切っ先を顎を引いて避けると、そのまま軽くしゃがんで己の得物を振り払う。それだけで、目の前にひしめいていた蛇のような短刀たちが消え去った。
後ろに控えていたらしい太刀の斬撃を受け流し、右後方へ払い、背中から一突き。

岩融は昂ぶる己の戦闘欲求のままに足をぐっと踏み込み、天から叩きつけるように敵陣を吹き飛ばした。


「お見事です、岩融。」


背後から聞こえた、どこかぼやけた声は、己が主と定めた審神者のものだ。おそらく出陣門の向こう側から声だけを届けているのだろう。
穏やかで、それでいて澄んだ清水のようで、冬に向かって染まりゆく木々の葉のように雅な声。その声に呼ばれるだけで、こうして人の身で戦う対価としては十分だ。


「明石国行は戻り次第手当をさせてくださいませ。皆様、帰還でございます」

「かたじけないなぁ、主はん。軽傷で手入れなんて…サボらせてくれますの?」


部隊長の三日月宗近に、隊員の明石国行、今剣、蛍丸、愛染国俊、そして岩融は、戦闘後とは思えないほどほがらかな空気で帰還した。

岩融が所属するのは山城と呼ばれる空間の本丸だ。現世とは切り離された場所にあり、そこで審神者をしているのが主である篠だ。本当の名前は知らない。審神者として与えられている「篠」という名前しか知らない岩融や他の刀剣たちは、審神者としての篠のことしか縛れない。
逆に言えば、主として慕うことを強制されているようなものだ。
とはいえ、それを嫌がる刀剣はこの本丸には居ない。それなりの数は居るが、他の本丸よりも数が少ない刀剣たちは、誰も彼も練度が高く篠から等しく大切にされていると実感している。

その中でも古参なのが、岩融と小狐丸、そして石切丸の三人である。彼女の生まれに理由があるらしいのだが、詳しいことはしらない。通常は短刀や打刀など俗世に縁のあった刀の方が呼び出しやすいらしいのだが、どうしてかこの篠という女性は小難しい性格をしている刀ばかりを呼び出している。


「ぬしさま!先日ここへいらした新人審神者の元へ送る刀は、お決まりですか?政府の者より確認の連絡があったようですが、いかがなさいましょう」


出撃門の前で6人を出迎えている篠の後ろから、小走りに小狐丸がやってきた。その腕にはコンノスケが抱かれている。
それを見た篠は一瞬困った顔を見せたが、1つうなずいて見せると口を開いた。


「安定にお願いしましょう。私とも長い付き合いのお方ですから、新人さんの不安に正しく対処できるでしょう。」

「よろしいのですか?私めが向かってもよろしいのですぞ?」

「あら、小狐丸に行っていただくことも考えましたけれど、それではあちらの本丸に髪の手入れ道具を送るのが大変でしょう?」


くすくすと笑った篠は、両腕を蛍丸と今剣に取られながら本丸の中へと入っていった。恐らくはいま決めたことを本人へ伝えつつ、後ろをおとなしく着いていく明石国行の手入れを行うのだろう。
残された面々も、それぞれが好きに部屋へと戻っていった。


「岩融よ」

「うむ、どうした」

「新しく来たあの審神者、何やらおかしい。」

「おかしいとは、小狐丸はまた面白いことを言うなあ」

「霊力が篠様よりも遥かに少ない。」

「ふむ…それは、篠殿が秀でているだけではないのか?我ら三条の刀は皆古く、新しい時代の審神者が呼び出すには力が居る。それを5振りも呼び出している篠殿の実力は偉大なものだろう」

「…そうで、あればいいのだが…。」







【 桜舞う物語 01 】





桜は、その名が示す花が描かれた面布をつけ、畳のうえに置かれたふかふかの座布団に星座していた。現代に生まれた女性なんて、普段は身に付けることのない着物を着せられ、もぞもぞと居心地悪そうに足が動いてしまう。

ここは本丸、と呼ばれる場所なのだそうだ。
歴史に対し悪意を持って干渉しようとする組織を撃退すること、それが桜がここへ呼ばれた理由であり、審神者になった理由だ。この審神者という者が刀剣から付喪神を呼び出し、付喪神は過去を変えようとする連中と一戦交えて撃退する。
なんともオカルトちっくなこのではあるが、実際に先ほど見せられた戦いでは、様々な時代の刀剣たちが戦っていた。

この本丸は山城と呼ばれるグループに所属しているらしく、山城軍の中には桜を合わせて数人の審神者が居る。その中でも古参であり、実力者であり、そして近代稀に見る唄い手、篠と呼ばれる審神者が隊長を務めているのだそうだ。
桜がはじめて見た戦闘も、その篠の部隊のものであった。そしてその篠の部隊から一振り、刀をお借りして審神者をはじめることになった。

季節を感じさせない本丸の庭から、桜の花びらが舞い込んできた。


「僕は大和守安定。今日から君と一緒に過ごすことになったんだ。」


ふんわりとした黒髪に青い瞳の青年が、桜の前に現れた。
その背後には先日出会ったばかりの先輩審神者である篠が居る。篠は面布を着けていないが、それは彼女が実力者であるかららしい。
桜は慌てて居住まいを正すと、軽く頭を下げた。


「はじめまして、私、審神者としてあなたとご一緒することになりました。桜ともうします!」

「あっはは!あまり固くなることはないんじゃない?」


気さくに近づいてきた大和守は桜の前に座ると、両肩を持って顔をあげさせた。面布があるというのに、どうしてか目線があったような気がする。


「最初から篠みたいにするなんて無理だろうからさ、せいぜい足掻きなよ」

「ちょっと安定…そんな言い方はあんまりです。あまり桜さんに意地悪しないでくださいね?」

「大丈夫大丈夫!僕が篠から離れる理由を作ったからって、恨みなんて抱いてないよ!」


なんとも物騒な台詞に桜がたじろぐと、糊のよく効いた袴姿の篠が微笑んで言った。まるで、秋の月を見ているような穏やかな気持ちになる笑顔だと桜は思った。


「安心してください、桜さん。こちらは大和守安定。かの新選組の剣豪、沖田総司が振るっていた刀剣です。この通り、性格も少々扱いにくいですが、長く私の元で過ごしていただいています。」

「そんな、それじゃぁ…篠先輩の大切な刀なんじゃ…」

「だからこそですよ。新人がどんなことを不安に思っているのか、安定ならば分かってくれている。私の側に居てくれた安定ならば知っているから。だから彼を呼んだのです。もちろん、桜さんの技量が一定に達した場合には私の本丸へ戻る可能性もあります。」


桜は柔らかな笑みを返して言った。


「わかりました、お言葉に甘えて、頑張ってみます!」









2016/01/07 今昔




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