基本的に、篠たち審神者はお互いに顔を合わせるのは演練のみとなる。お互いの小庭、つまり本丸と呼ばれる場所は神域にも近くデリケートな場所であるということや、互いに嫉妬で蹴落とし合うというような事態を避けるために政府側も気を使っているのだ。


「しかし今回は、私たちが本来戦場(いくさば)へ向かうゲートを利用して、他の審神者の本丸へと趣くことになりました」




【篠突く雨の物語 06】




小狐丸に先頭を任せてゲートをくぐり、最初に感じた違和感は、もう言葉では言い表せないものであった。


「……篠さま、小狐は鼻がもげそうです」

「これは君でなくとも同じ感想を抱いてしまうね。不浄だ」


篠は着物の袖口で鼻を覆う小狐丸を見習おうかとも思ったが、流石に他人の領域でそれは失礼だろうかと我慢した。

見渡せば、古き良き昭和の時代、と言えそうな比較的篠が生まれた世代に近い見た目の日本家屋であった。しかし、木製の壁は全体的に古めかしくとげとげと木が割れており、窓ガラスは割れて、家そのものも斜めに傾いているように見える。


「政府の資料によれば、既に審神者は失踪。直前まで厚樫山への激しい進軍があったそうです」


篠はその政府からの報告に、1つの仮説を持っていた。
以前、政府の管狐から聞いた話であるのだが、厚樫山への出陣で天下五剣の一振りでもある「三日月宗近」が発見されたというのだ。元より付喪神という神様である刀剣男士はとても見目麗しく、人間とはかけ離れた魅力を持っている。その中でも随一と言える美貌と、剣の腕を持っているのが三日月宗近だというのだ。
閉鎖空間に閉じ込められて延々と戦いを繰り返させる任務で、審神者の神経がおかしくなっているのだろうか。そのようにある種「レア度」の高い「希少種」を集めることに躍起になっている審神者も多いと聞く。彼らは自らを難民と名乗り、希少価値の高い刀剣を探し求めているのだそうだ。


「そこでは三日月宗近が発見されることがあるそうで、もしかしたらここの審神者も…」

「なるほど。三日月が欲しいのか。篠は既に縁を結んでいるから簡単に呼べるだろうけれど、一般的な育ち方をした人間ではそうそう出来ることではないだろうね。」

「はい、ですので、三日月宗近欲しさに無理をして刀剣からの反乱を受け、結果失踪したのではないか。というのが、政府や私の推測です。あくまでも推測ですので、信じすぎずに行動してください」

「かしこまりました、ぬしさま」


刀狩りとも呼べるその希少種集めを行っていては、いっそ身が穢れてしまい余計に神威の高い刀剣を付喪神として呼べなくなるのではないだろうか。篠はそう考えている。
欲にまみれた心では呼べるものも呼べない。悟りを開く過程にも、己の欲を捨てることが含まれているくらいだ。希少種集めをしていた審神者の中でその希少種を手に入れることができた一握りの者は、恐らくお百度参りかなにかと同じ要領で手に入れたのでは。そう考えることで、どうにか推測に一本の筋が通る。


「篠さま、まずは母屋の正面から入りましょう。下手に回り込めば疑われます」

「そうですね、では正面から。ごめんくださーい」


呼びかけながら篠が両開きの扉を開くと、奥の方から「はーい」という返事が聞こえてきた。篠の聞いたことのない声だったので、ここに居る二振りと本霊を同じくする刀剣ではないだろうし、今までにちらりと政府機関で出会ったことのある刀剣でもなさそうだ。
しばし待つと、どたばたと騒がしい音と共に、黒髪にワイシャツ、スラックスにカーディガンと洋装の少年が現れた。


「あれ?人間じゃないですか。審神者には二度と人間をここに入れるなって言っておいたのに。もしかして、審神者とは無関係の人ですか?」


朗らかに言い口元こそ笑っているものの、瞳はすっと細まった。


「はじめまして、わたくしは山城の審神者連の筆頭審神者、篠と申します。貴方様を率いていた審神者の後始末をすべく参りました。ところで、かのゴミが見当たりませんが、どこへ言ったのかご存知ありませんか」


篠は人間嫌いになっている可能性を考慮し、いっそのことと思い切って相手の審神者を貶すような言葉を選んだ。黒髪の少年はパアっと顔を明るくし、そして今度こそ本当の笑顔で言った。


「実は、俺、結構最近この本丸にやってきたんで、審神者の所業についてはそんなに詳しくないんですよ。でも兄弟たちがいじめられてたから腹が立って、人間嫌いだなーって。でも安心しました、人間からみてもあの審神者はゴミなんですね。」

「少なくとも、わたくしはそう思います。ご紹介が遅れました。わたくしの本丸から捜索の任務を請け負ってきた、石切丸と小狐丸です」


二振りを順番に紹介すると、少年に向かって礼をしてくれた。少年は予想外だったのか慌てて頭を下げ返して言った。


「あ、こっちこそごめんなさい。俺は鯰尾藤四郎。粟田口の脇差しです」

「鯰尾藤四郎さま、どうかまずはわたくしめに、お怪我をされている刀剣の手当をさせてはいただけませぬか。こちらで刀剣を束ねている長がいらっしゃれば、お目通りをお願いしたく存じます」

「んー、今のところ一番偉いっていうと、一兄かな。一期一振。俺たち粟田口の兄貴分で太刀。今は広間でお茶してるから案内するよ、ついてきて」


思ったよりも上手く進みそうな話に、篠は小狐丸と石切丸を見上げた。任務の内容からして、もう少し手間取ると思ったのだが案外そうでもないのかもしれない。篠という新人審神者が任されているくらいなのだから、簡単なはずだと言われてしまえばそれまでなのだが。

鯰尾に案内されて進む本丸の中は、篠の住んでいる本丸とはだいぶ作りが違った。篠の本丸は江戸時代の武将が住まう城のような規模と内装だが、こちらはもう少し時代が進み、黒船来航より後の時代であろうことが察せられる。まず床は板張りではなくフローリング。インテリアも西洋風の物が多く、和室らしき扉も見当たらない。
パタパタと、鯰尾に出してもらったスリッパから鳴る音が、どうにも慣れない。


「さて、ここですよ。」


中にいる兄弟の名前を呼びながら扉を開いた鯰尾に、篠たちも軽く会釈をして入室した。前に居た小狐丸は不意に襲われる可能性でも考えているのか、刀に手を置いている。もしかしたらそれが礼儀正しい立ち振舞なのかもしれないが、篠にはどちらなのか区別がつかなかった。


「失礼致します」


腰を九十度まで曲げてしっかりとお辞儀をしてから、顔をゆっくりとあげる。
西洋風のテーブルに西洋の茶器を載せ、アールグレイかなにかの香りの中で資料で見た顔が並んでいた。一期一振。骨喰藤四郎。平野藤四郎、前田藤四郎。江雪左文字。資料上で優先順位の高かった今剣はここには居ないようだ。


「人間ですか」


江雪左文字が、呆れともため息とも受け取れる言い方をした。篠は慌ててもう一度頭をさげると、ここへ来た経緯を説明した。政府から審神者の悪行をとっちめる任務を請け負っていること。傷ついた刀剣の手入れをしたいこと。
ひゅん、という鋭い音とともに、篠はひやりとしたものを感じた。


「出てお行きなさい、哀れな人の子」


首のすぐ横に、一期一振の本体があるのだと分かった。
ぬしさま、と小狐丸が呻くのが聞こえた。






201711/18 今昔




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